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新しい奥さん

元公民館長さんの話だ。
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今からもう25年以上前になる。いわゆる「平成の大合併」が始まり、多くの市町村が名前を消していった時期、人口減少で無くなる集落もあった。
私の出身の地区もその一つで、若い人は早くから鉄道駅のある街へ出ていってしまい、果樹の栽培をしている家が数軒と老人らが残っていた。
それでもとうとう、という時が来て、村にあったお堂の仏像は坊さんが本山へ持って行き、鎮守の社は最後の祭りをやって、それで祀り終いをした。最後の祭りの日は、村を出て行った元住民も集まって解散式を兼ねて盛大にやった。
それで心残りもなくなったし、農家は別の仕事を探して、老人らも少しずつ身寄りを頼って散り散りに出て行き、集落は全く無人になった。
私は高校に進学するときに集落を出ていたし、それから親族以外の集落の人間に会うことはなかった。

4年前、私が役所勤めを終えて地区の公民館長になりたての頃、公民館の利用申請に来た人にどうも見覚えがあったので声をかけてみた。思った通り、一つ下の幼なじみで、なんと大通りを挟んだ隣の地区に住んでいると言う。その時は勤務中だったので連絡先を交換して、後日あらためて家を訪ねる約束をした。

当日、彼女の家を訪れると夫婦で出迎えてくれた。彼女は中学校時代の同級生と結婚しており、当然これも私の幼なじみだったため、3人で再会を喜んだ。その後は他の幼なじみや集落の人の近況だとか、懐かしい話を随分した。幼なじみの彼女は今も多くの人と文通などで交流があるらしく、話題が豊富だった。

「そういえば、おかしいのよ」と彼女が話し出したのは学年の近い幼なじみの近況を一通り聞き終わった後だ。最後の祭りの日に神楽を舞った子を覚えてるか、と彼女が尋ねるので、仕事のため祭りの後の解散式にしか参加できなかったと答えた。
「それがねぇ、男の子が舞ってたのよ、お神楽」
なんでも、本来その神楽は小学校低学年の女の子が奉納するもので、一度舞った子はもう舞台に上がってはいけない仕来りだったらしい。
毎年新人が舞い、経験者が増えていくので、人口の多いときには神楽の伝承を途絶えさせない良い方法だったのだろう。幼い頃、神楽は何遍も見たが、言われてみれば毎年同じ人ではなかったような気がする。
だが、人口が少なくなってからはそうもいかず、神楽が奉納されない年が続いていた。最後の祭りの時も適齢で未経験の女子がおらず、止むを得ず10歳の少年が神楽を教え込まれて舞った。
言われるまで全然分かんなかった、と彼女が言う通り、化粧をしてしまえば子どもの性別は分かりづらいだろう。しかし、それは話の本題ではなかった。

その少年は家族と集落を出て、高校を卒業してから芸能関係の仕事に就いた。仕事は順調で病気もせずいたが、恋愛関係だけはうまくいかず、交際が一年続くことはなかったそうだ。本人は至って真面目な好青年で、やや童顔だが幼なじみ曰く「シュッとした」容姿だったらしい。
しかし彼が30才を過ぎた頃から、元々田舎の農家だった彼の両親は焦り始めたようで、結婚相談所やお見合いをしきりに勧めるようになった。そんな親を疎ましく思いながら、交際が続かないことを彼自身も気にしていたので、会社の同僚に経緯を相談したらしい。すると同僚は沖縄に住む、"すごいユタ"を紹介してくれた。

その年のゴールデンウィーク、同僚がいくつかオススメの観光地を教えてくれたので、沖縄旅行を兼ねて冷やかし半分でユタを訪ねた。だが、それはすごい体験だったという。

まず、ユタの家は石垣に囲われ赤瓦屋根にシーサーが乗った平屋という伝統的な沖縄の家ではなく、平らな屋根でコンクリート造の家だった。
現代風の家の一室に祭壇とも仏壇ともつかない大きな棚があり、その前に普通のおばさんにしか見えないユタが祭壇を背に座っていた。促されて敷かれた座布団に座ると、名前や生年月日など普通の占いのような質問をされた。それから恋愛が上手くいかないことを相談していると、突然、「あなた、結婚してる?したことある?」と質問された。ないと答えると、ユタは数珠をもって祭壇のほうに向かい何やらお経のような言葉を唱えはじめた。
唱え終わって再びこちらを向くと、「あなた昔、大きい木のある神社で結婚式した?したとあなたを守る神様が言っているよ」とユタは言った。
ハッと昔住んでいた集落の神社の御神木を思い出し、最後の祭りで舞った神楽の話をした。ユタのおばさんは頷いて、「だからね。そこの神様は毎年新しい奥さんもらってたのに、もう次の奥さんが来ないから寂しくて最後の奥さんについて来たんだね」「これはあなたのこと守ってくれてるけど、結婚はできないはず。結婚したい?したいなら神様に帰るお願いしましょうね」
それからまたユタは祭壇に向かって何事かを暫く唱えてくれ、何かの葉っぱで叩かれ、御守りを貰い、安からぬ相談料を納めて帰ってきた。

その後すぐに彼は結婚し、とはならなかったが、今は彼女と同棲中で、ずいぶん太ってしまったらしい。
「昔はシュッとしてたのに」と幼なじみは残念がりながら、「あれじゃあ結婚する前に彼女に捨てられちゃうんじゃない?神様ももうお断りだろうし」と笑っていた。
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「何か不思議な体験をしたことはありませんか?」と尋ねると、殆どの人に「無い」と即答されてしまう。ところが、「不思議な話を聞いたことは?お知り合いの体験とか」と食い下がると、"私は信じてないけど"と前置きして話をしてくれることがある。この話もそうだった。
そういう"不信心者"の話は淡々として聞きやすい。私見やオーバーな描写が少ない分、情景が分かりやすいからだ。
ユタやイタコについてはまだ聞いた話もあるので、別の機会に記事にしたい。

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