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半年【ショートストーリー】
ハルくんが帰って来る。わたしは小さな胸を震わせた。やっと会える。待ちくたびれちゃった。早く抱き上げて優しくキスして欲しい。
わたしは文鳥のベル。名前の由来は美女と野獣のヒロインから。鳥に姿を変えられてしまったお姫様。いつかきっと人間になって大好きなハルくんのお嫁さんになるの。あれ?去年も自己紹介したような気がする。鳥だからすぐ忘れちゃうの。
ハルくんがいない時はいつも、実家でお泊りをするの。クーラーがあって涼しいし、いつもよりおいしい鳥の餌を用意してくれる。お母さんが大好きだ。わたしは毛づくろいをして帰りを待った。
お母さんは何故かそわそわしていた。お家の中もいつもよりピカピカにお掃除していたし、たくさんお料理も用意していた。
「ただいま」
ハルくんお帰り。早く早く。籠から出して。その手に触れたいの。
「母さん、ベル。紹介するよ、高畑鈴さん」
「はじめまして。高畑鈴です」
ハルくんが女の人を連れてきた。
「ハルの母です。こちらは文鳥のベルちゃん、ベルちゃんもご挨拶してね」
「ベルちゃん、鈴です。いつもハルくんから聞いてました。とってもかわいいくて、何度もピンチを救ってくれたって」
鈴。
わたしと同じ名前のその人は、ちょこんと頭を下げた。ハルくんはわたしに触れることもなく、その人と行ってしまった。
三人は席に着き、お母さんの作ったご馳走を食べながら、楽しそうに会話をしていた。わたしが鳴いても誰も見向きもしない。会話が弾み、お母さんも嬉しそうだった。
「俺、鈴ちゃんを送って来るね、母さんありがとう」
「ご馳走様でした。お料理どれも美味しかったです。ありがとうございました」
長い髪のきれいな人は、丁寧に頭を下げていた。女優さんみたいに綺麗だ。
「またいつでも遊びに来てね」
ハルくんはわたしを見ることもなく、その人だけを見つめていた。
ドアを閉める音が聞こえる。わたしの声はもう届かなかった。
「ベルちゃん、知らない人が来てびっくりしたでしょう。ごめんね、あら、ご飯食べてないの?お部屋の中、暑かったかしら」
やっとお母さんが声をかけてくれた。
「びっくりしたわ。鈴さんとね、結婚したいんだって」
お母さんはまるで娘に話しかけるようにそう言った。ショックだった。ずっとハルくんはわたしが好きだと思っていた。いつか魔法は解けて、二人は結ばれるって信じていた。
人間だったら3日寝込むのだろうか。どんな時も傍でハルくんを見守っていた。ハルくんが選んだ人ならきっと素適な人に違いない。
鳥が人間に恋をする。こんな滑稽な笑い話、誰が信じてくれるだろう。現実は残酷だ。今時小説にだってならない。わたしは。わたしはハルくんが好きだった。
半年後、二人は雪の北海道神宮で永遠の愛を誓った。二人とも着物姿がよく似合っていた。
鈴さんのご両親と妹さん、ハルくんのお母さん、そして籠に入ったわたしで記念写真を撮った。もしも人間だったら、ハルくんの隣にいたのは、わたしだったかもしれない。なんて馬鹿げたことをまだ思っていた。
わたしはそのまま実家でお母さんと暮らすことになった。お母さんのことは任せて。これからはわたしがお母さんの支えになるから。
時々は思い出してね。忘れないでね。わたしのことを。できることならずっと側にいたかった。ありがとう。最後に唄うよ。どうぞお幸せに。
わたしの唄はもう届かない。
文披31題Day17「半年」
昨年の文披31題お題「文鳥」
で登場したベルちゃん登場
ベルちゃんは文鳥です
飼い主のハルくんのことが大好き
ハルくんが熱を出して倒れた時
何とかして籠から出てピンチをお母さんに
伝えるファインプレーをしました
あり得ない話かもしれませんが
そんな昨年のお話はこちら
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鳥に姿を変えられてしまったお姫様
これは完全にベルちゃんの妄想です
いつもお読みいただきありがとうございます