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雷鳴【ショートストーリー】
予定より手術が長引き、終業時刻もとっくに過ぎていた。片付けをして、使用した器械を洗浄室に運び、もう一度丁寧に手を洗った。
「鈴木先生からの差し入れ、届いてるから食べてね」
リーダーに言われ、休憩室の冷蔵庫を開けた。そっと箱を取り出す。大きなエクレアだ。上には生クリームが乗っていて、圧倒的な存在感を放っている。
わたしが知っているエクレアは、もっと小さい。中にカスタードクリームが入っていて、上はチョコレートでコーティングされているものしかないと思っていた。
手が大きいのがコンプレックスだ。手術用の滅菌手袋は、いつも6.5を着用している。手が大きくて徳をしたことはない。その大きな手で壊さないように優しくエクレアを掴んだ。
頬張る。勢いよくカスタードクリームが飛び出した。上に乗っている甘さ控えめな生クリームは、コーティングされたビターなチョコレートとなめらかなカスタードクリームの味を一層引き立てている。
「うん、おいしい」
消化器内科から手術室へ異動になった時は、本当に何もできなかった。器械出しが苦手で、手際の悪いわたしはよく術者に怒鳴られていた。無我夢中でやっているうちに3年が過ぎ、いつの間にか難しい手術にも対応できるようになった。
鈴木先生は整形外科の若いドクターで、時々差し入れをしてくれる。わたしが術者に怒鳴られ落ち込んでいた時も、よく声をかけてくれていた。
休憩が終わり、明日予定されている手術の術式と手順をもう一度確認した。残っていた業務は全て外回りの看護師が終わらせてくれた。
『札幌市豊平区に雨雲が近づいています』
スマホに通知が届いた。病院を出てすぐに雨が降ってきた。一瞬だけ空が光り、少し遅れて雷鳴が追いかけてきた。雨足が強くなった。急いで帰ろう。
フランス語でエクレアは『雷』という意味があるらしい。焼いた時に生地の表面に入る亀裂が稲妻のようだとか、光の速さで食べてしまわないと中のクリームが飛び出してしまうからとか。諸説あるらしい。
雨が大地を潤すように、甘い甘い稲妻が今はわたしの心を満たしていた。
文披31題Day8「雷雨」
久しぶりの更新です。
多忙につき筆が止まってしまいました。
雷雨から想像して、恋に落ちる瞬間とか考えました。衝撃的な出会いとか!
でも、ダメでした(何がー?)
札幌も最近は高温多湿でして、筆が捗りませんの。おまけにわたしが住んでいる
【ふるくて小さなアパート】は冷房がないのです。扇風機のみ。
今日は休みで、カラオケに行ってやっと書きましたとさ。
ブラックサンダーっていうお菓子もありましたね。そのお話にすれば良かった。おいしくて大好きです。
エクレアの話は、ほぼ実話です。