トマト【ショートストーリー】
「お盆は帰って来るの。たまには帰ってらっしゃい。仕事もいいけれど一体いつ結婚するの? 生きているうちに孫の顔を見せて」
母から届いた宅急便の中に、手紙が入っていた。こんなことでまだ気を引こうとするのか。この人はまだわからないのか。結婚なんてできるわけない。母親になれるわけない。子どもを不幸にしてしまう。
大手企業に勤める父のおかげで、何不自由なく育った。母は結婚を機に退職し、その後は専業主婦として生きてきた。貧しい家に育ち、学歴コンプレックスを持っていたようだ。父を立てて家庭を守ることに幸せを感じ、娘のわたしにも常に完璧を求めてきた。 期待に応える。周りの人から褒められる。立派な娘を育てた立派なお母さんだと賞賛される。そんな時、母はいつも満足そうだった。
わたしは褒められたかった。いつも母の顔色ばかり伺い、失敗は許されなかった。 母は呪いの言葉をかけ続けた。本当に自分が可愛くないのだと信じていた。 友だちと自由に遊ぶこともテレビを観ることも、着る服を選ぶことも許されなかった。もちろん将来の夢を語ることも。看護師になりたいと言った時も、猛反対された。それでもこの人から離れたかった。離れなくてはだめだと思った。怒りが通じないと知ると、途端に態度を変えわたしの同情を引こうとするような人だった。
わたしはただ愛されたかった。母の過干渉から逃れるまで、長い年月がかかり、やっとできた恋人とも破局を迎えた。その後は自尊心がぼろぼろになるような相手と短いスパンの恋愛を繰り返していた。
仕事と生活が安定し、最近ようやく自分も生きていて良いのだと思えるようになった。
いくら嘆いても時間は巻き戻せない。母は母で在ることで自分を保ち、そしていつの間にか自分を失くしてしまった可哀想な人なのだ。
缶ビールの蓋を開ける。泡がぷしゅと音を立てる。冷蔵庫から冷えたトマトを取り出した。数日前、実家の庭で採れたものだ。それは売り物にならないような歪な形をしている。まるでわたしのように。
一口大に切ったトマトに塩をかけて頬張る。瑞々しく甘さが引き立ち、想像以上に美味しかった。もう見た目など気にならなかった。
わたしの人生は誰のものでもない。わたしだけのものだ。
文披31題Day19「トマト」
干物女の日常にしようかと思って
書き始めました
毒親の話になりました
わたしは毒親育ちでして
もう両親ともに捨てました
自分の人生を生きています
あー終わらない夏休みの宿題みたいに
あと11題?12題?
8月中にはなんとか
いつもお読みいただきありがとうございます