雨女【ショートストーリー】
見慣れない番号から着信があり、留守電にメッセージが残されていた。
「崎本雨の息子です。突然のお電話失礼します。母が昨日亡くなりました。生前、自分が死んだ時はあなたに伝えて欲しいと言われていました。不躾だとは思いましたが、連絡させていただきました」
外は土砂降りの雨が降っていた。居ても立ってもいられない気持ちで折り返し電話をかけた。
「名雲です。お取り込み中だと思いますが、崎本さんがお亡くなりになったとお聞きして」
「ご連絡ありがとうございます。昨日の明け方、息を引き取りました」
雨さんは高校の同級生で、初めての恋人だった。ぼくが東京に就職することになり、別れてしまった。それから長いこと東京で暮らしていたが、結婚し娘が生まれ、妻の希望で北海道に帰って来た。
突然の再会だった。母が入院した病院で看護師として働いていた雨さんは、夫と離婚して一人で息子を育てていた。彼女を一目見た瞬間、時が巻き戻された。
恋の火種は消えることなく、静かに燃え続けていた。二人がもう一度結ばれるまで、時間はかからなかった。追いかけて来る日常から逃げるように、ぼくは何度も何度も雨さんを抱いた。
幸せな時間を望むことは許されない。不貞が耳に入り、妻は彼女を訴えると言った。ぼくは雨さんと逃げるつもりでいた。
「わたしなら大丈夫。気にしないで。雲になり雨に姿を変えて、毎日会いに行く。いつも側にいるよ」
繋いだ手を離してしまった。それから雨さんと二度と会うことはなかった。雨さんが言う『大丈夫』はいつも強がりだった。ワイパーが効かない土砂降りの雨の夜。雨さんと別れたぼくは、家族のもとに戻った。
息子さんの話では、雨さんは1年前から、癌を患っていたようだ。既にあちこちに転移していたため、治癒は見込めない。本人の希望で最期は自宅で迎えた。
「ねぇ、お母さんにずっと好きな人がいたって聞いたら笑う?」
「笑わないよ。どんな人だったの?」
「そうだなぁ、誰かの為に実を粉にして頑張る人。そしていつも損しちゃうの」
「おかあと一緒じゃん。人が良すぎるのも考えものだな」
「あはは。わたしはそんなに良い人間じゃないけどね。彼が幸せでいてくれるように神様にお願いしてるの。こうちゃん、わたしが死んだらね、名雲さんに伝えてほしいの。最期のお願い。愛してると」
「おかあ、もう幸せになってよ、誰かの幸せなんか願うなよ。なあ、幸せになってくれよ」
雨さんは、息子さんに見守られ息を引き取った。
「母は最期まであなたの幸せを願っていました」
涙が止まらなかった。空を見上げた。身勝手な恋だと指を刺されても、片時も忘れられなかった。
姿が見えなくても、言葉を交わせなくても、雨さんはいつもぼくの側にいるような気がした。静かに降る雨の音を絆ぎながら、思い出を糧に生きていく。
さよなら愛した人。ぼくらはいつか、きっとどこかでまた会える。
文披31題Day22「雨女」
妖怪雨女のお話にするつもりでした
産んだばかりの子どもが
雨の日に神隠しに遭う
子どもを失った女性が雨女となり
泣いている子供のもとに
大きな袋を担いで現れるという話をヒントにして書く予定でしたが何故かラブストーリーに
雨女を調べているうちに『朝雲暮雨』という言葉に出会い
それをヒントにこのようなショートストーリーを書きました
この話めっちゃ好きです
これは余談ですが
わたしも死ぬ時は
最期に想いを伝えたい人がいます
わたしはあなたのことを愛していましたと
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