鉄製サボテン

 大学生四会目の最後の夏休み、骨董屋で良さげな額縁や写真立てを探していたある晴れた日の事。しばらくして見つけた小さめの木製の三脚と額縁を持って会計を済ませる。腰が曲がり、今にも倒れそうなお爺さんだった。兄ちゃんちょっと待っとれ、と掠れた声で言ってよろよろと裏へ戻っていったので、少し待つと、何か奥で物音がしながらもお爺さんは包箱を持ってきた。

「いやあ棚の物が崩れて驚いたわ。しかしまあえらい若そうよのう。若い子がこんな場所へ来るなんてうちももう少し続けるか迷っちまったわ。今兄ちゃん幾つなのさ?」

「今年で二十二歳になります」

「二十二か。二十二ったら大学生か?えぇ?」

「そうですね」

「ええのう。ええか、タバコと女には気を付けんと、な、うちの嫁さんはもう死んじまったけど、タバコえらく好きでのう、俺も別に嫌じゃなかったから付き合ってよ、しかしまあこんなブサイクなんかと付き合ったなあ。あんちゃんみたいのイケメンっちゅうんだったか?いい女見つけろよ?えぇ?」

「ああはい、頑張ります、ありがとうございます」

 年寄りが話の長くなる理由は話し相手が少ないかららしい、お母さんがそう言ってた。

「いやいや、礼なんてええんさ。俺も今年で八十

七になるからのう、そろそろ店を続けるのが大変になってきちまって、歳はとりたくないもんだよ。ああそうだ、こいつを渡したかったんだよ。もう兄ちゃんみたいな若い子は死ぬまでに来るか分からんから、こいつを一旦渡したくてのう。別になんもいらねえから、これを預かってくれんかね?別になんも悪いもんは入ってねえよ。ああでも、危なそうな所は触るんじゃねえぞ」

 強めのお節介で木箱を渡された。本当にいいんですか?と一応聞いてみるが、全然いいんだ持って行ってくれと言われ、戸惑いながらもとりあえず家に帰る。

 二〇四号室、平成初期を感じさせる黄色いアパートの扉を開けると、部屋の中の涼しい空気がすぅっとお出迎えしてくれる。荷物や着ていた洋服をソファに置いて、冷蔵庫からボトルコーヒーを取り出し一口、冷えた苦味が口の中に広がる。

 木箱の中に一体何が入っているのかが気になるので、恐る恐る開けると、冷たい空気と共に小さな植木鉢が出てきた。とげとげしていて、一見サボテンな気はするが、本体が銀色に染めあげられている。誰かが塗り上げたのか、本当に鉄で出来たのか、いまいち分からないが、プラスチックで出来た見た目では無い。それどころか、土に埋まってある辺り植物な気はするが、サボテンを素手で触り温度を測る程の度胸と鈍さは持ち合わせていない。スマホで似たようなサボテンの種類を探すと、金晃丸という種類が一番似ていた。成長したら黄色の花を咲かせるらしいが、果たしてこれが花なんて咲かせるのだろうか。そもそもこれが本当に植物なのかが分からないから、水やりや太陽に当てるのが良いのかどうかすら分からない、一体どうしたものか。

 とりあえずどんなものかを確かめる為に、近くに置いてあったコップで軽く叩いて確かめてみることにする。植物だったらごめんなさいの勢いで叩くと、軽くいい音を立てた。確信した、これは鉄製サボテン。でも何故土に埋まっているのだろう。とりあえず一週間程何もせずに様子を見た方が良いと判断して、少しずつ進めている卒業論文にまた取り組むことにする。


 時は経ち一週間後。今日も今日とて天気はよろしいようで、カーテンを開けると眩しい光が差し込む。朝ご飯は作るのが面倒なので相変わらず納豆かけご飯。牛乳は毎食外せない。醤油は少し多めにかける。からしは苦手だからゴミ箱へ。

 サボテンは相変わらず生育方法が分からないので骨董屋へ何回か向かったが、行く度行く度店が閉まっているのでお爺さんへ聞くに聞けない、困ったものだ。とりあえず自分なりに考えて、本物の土に埋まっていることや、感覚一週間前よりも針が短くなっているような気がするので、鉄な筈なのに大小するのかと思いながら、錆びたらそれはそれでしょうがないと決めて水をやることにした。お爺さん、ダメになったらすいません。土全体に染み渡るようにコップから少しだけ水をやる。果たして花は咲くのだろうか、もし咲いたら何色になるのだろうか。サボテンの成長速度はそんなに早くないはずだから気長に待つことになるだろう。

 唐突に家のチャイムが鳴り、誰かと思いドアを開けるとお菓子やジュースを持った友達がいた。

「ゲームしようぜ!お前どうせ暇だろ?」

大学で出来た友達。いつも元気。いいよと言って家へ上がらせる。

「しかしお前ん家なんか大学からも駅からもまあまあ遠くて大変そうだな!」

「でも不自由ないし、そんな気にならないよ。ていうかなんで来たの?」

「暇だからに決まってんだろ!夏休みは遊ぶに限る!」

 卒論は終わってないらしい。一夜漬けでなんとかなるだろなんて言うから、原稿用紙大体五十枚は書かないといけないと伝えると、ヤバそうと言いつつもゲームをテレビに繋げる。彼曰く、冬休みまでに三十枚以上書ければ大丈夫らしい。現在八月中旬、果たして彼は卒論を書き終えられるのだろうか?それはさておき、丁度良かったと友達に例のサボテンを見せてみる。

「なんだこれ」

 まあそうなるのも分かる、自分だって初めて見た時は同じ感想だった。

「とりあえず割ってみたらいいんじゃね?」

「人から譲り受けた物なのにそんな乱暴にするのはまずくない?」

「譲り受けた物だろ?お前の好きにしてもいいだろ」

 一理あるし中身も気になるが、流石にそういう訳にはいかない気がする。

「なあいいだろ?割らないなら俺が割ってやるよ、包丁貸してみ」

「やだよ、包丁傷ついたらどうするんだよ。大体俺は割る気はないの」

「ちぇっ、つまんねえやつ。とりあえずゲームでもしようぜ」

 ぶーっとした顔で彼は言う。最近流行りの対戦型格闘ゲームで、簡単そうに見えて奥深いから面白い。大学を連日サボるくらい彼も自分もこのゲームが好きで、単位を落としかけた事もある。しばらくして、トイレから戻った時だった。彼が青ざめた顔をしてこちらを向く。

「わりぃ、サボテン触ったら崩れちまった」

 鉄に指で押した跡が付いていた。自分も驚いて見てみる。聞くと、冷たくて柔らかかったらしい。とりあえず土をほじってみると、何かが埋まっているのが分かり、払って取り出してみると何か小さな機械みたいなものが出てきた。

「ちょっと思った。部分ごとに分けてみようぜ」

 言われる通りに分けていると、サボテンがみるみるうちに溶けていくのが分かったので、慌てて戸棚にあった茶碗に入れる。

「これ中に入ってたのって冷却装置なんじゃねえか?それっぽいモニターと裏に電池いれる場所あるぞ、動いてないみたいだけど」

 お爺さんすみません、とんでもないことをしてしまったかもしれません。

「...普通に植物みたいな物かと思って水やっちゃった」

「おいおいマジかよ...壊したって事か?てかこれ多分、水銀だよな。確か水銀の融点って大体マイナス四十度位だよな?だいぶ強力に冷やしてただろうし、触ると普通に危ないからわざとサボテンをモチーフにしたのかな」

「確かにね。それよりも俺、お爺さんに謝ってこないと」

「俺もついてくよ、知らなかった事だし、形を崩したのは俺だし。とりあえず早く行こうぜ」

 ゲームとかはそのままにして、水銀を入れた茶碗や冷却装置を入れた植木鉢を持って急いで骨董屋へ向かう。


 「「すいませんでした」」

運良く店が開いていたので、お爺さんに二人で素直に謝る。お爺さんに二人で一万円ずつ、少額ながらもお詫びとして渡そうとするが、いらんいらんと笑って言う。

「あれは俺と息子と丁度お前さんたちと同じくらいの孫が半年前に作ったもんでよ、電池を長持ちさせる仕組みの研究をしてたんだ。水銀を個体に留める程だから結構電池食うかと思って、中身が崩れてたらどうしようかと怖くて中々確認出来んくてよ、若い子はみんな素直だから、崩れてたら何かと思って聞いてくると思って預けたんだよな。悪ぃなこっちも怖くってよ。なんなら俺の息子と孫が兄ちゃん達に礼を言わにゃあいけんだろうなあ」

 ありがとうなあ、とお爺さんが頭を下げるので、こちらこそすみませんでした、と頭を下げ、水銀や包箱を返す。お爺さんは笑顔で、帰る自分達を見送ってくれた。


 「いやあ良かったわ、マジで怒られるかと思って俺すげえドキドキしたよ」

「ほんとね、にしても電池を長持ちさせる仕組みを作るなんて、お爺さん達って相当頭良かったんじゃない?」

 二人で胸を撫で下ろして、笑いながらゆっくり帰る。

「うし、帰ったらゲームやるぞ!」

「今日は泊まってくつもり?」

「ったりめえよ!今日は夜通し遊ぶしかねえぜ、卒論は明日からな!」

「昼ご飯作るの面倒だし、そこのラーメン屋でも寄って行こうよ」

「いいなそれ、穴場らしいじゃん。行ったことねえし楽しみだわ!」

 店自慢の醤油ラーメンと、特製ニンニクギョーザで腹を満たす。帰りのスーパーで晩ご飯や夜のお酒とおつまみを買って家に帰る。玄関を開けるとまた、涼しい部屋の空気がすぅっとお出迎えをしてくれる、ただいま。

 学生生活最後の夏休みは、もう少しだけ続く。



22/8/13

いいなと思ったら応援しよう!