幽霊失格

 ユウキ、君が死んでから、もう三年経ったね。私、まだ仕事辞めれてないよ。今日も残業終わり、今もスーパーの半額の惣菜とビールを買って帰ってる。なんだか、まだ一緒に帰ってるよね。居ないけどさ。そんな感じ。

 疲れた肩は丸くなって、それでも転がらず歩いてる。代わりに転がるのは私の人生だけだ。ユウキの言う通り、やっぱり仕事辞めるべきなんだろうな。でも、怖いと言うか、そう言う訳じゃ無いけど、なんていうか、さ。決め切らないから現状維持みたいな、捨てたいのに粘って離れない、まるで踏んだガムの様な人生。殴られたら辞めようって、なんとなくでしか決めてないや。

 手を洗って顔を洗って自分の顔を見る、家に帰ってからのルーティン。今日は早かったから、目の下のクマも起きてる。それでも、私は大丈夫だよ。君がいなくなってからも私まだやれてるよ。普段と変わらない生活の平行線、君が居ないだけ、日々は平凡で、またそんな毎日の一日を過ごしてる。

 あ、でも、やっぱり変わったよ。もうコウタは三才になってさ、身長もぐんぐん伸びてさ。保育所でも皆と楽しく遊んでるって。家だとずっとしょくぱんのおうじさま見てるよ。しょうらいのゆめだってさ。字幕見ながら字の勉強もしてる。ひらがなも書ける様になってきたよ。これからどんな子になってくのかな、ユウキ、ユウキも見てるかな。

 でもね、やっぱり変わったよ。コウタのお迎え行く為に定時上がりになってから、課長にその分働けって目付けられる様になってさ。別に今までもサボってないってのに、毎日キッパリ上がるのがおかしいって言われる様になってさ。上司と主任からは気にしないで良いよって言われるけど、やっぱり少し辛くてさ。やっぱり、少し大きい会社だから、どうしても頑張らないとなって思っちゃうんだろうな、お互い。

 そっか、私も三十か。元は二つ先輩だった私よりも先に死んじゃうなんてさ。泣くつもりは無いけど、運が無かったね。飲酒運転に巻き込まれちゃうなんてさ。あの日程絶望した日は正直無いよ。でも絶対声には出さないでおくんだ。皆から共感されるのはともかく、私って可哀想ですねってそんなクソみたいな言葉で遊ぶ程私は幼くないし嫌いだし。

 そっか、私も三十か。二十五の時にコウタを産んでから三年、早いもんだね、もうここまで来ちゃったんだ。明日は私の誕生日、今日は君がケーキを買ってきてくれた日だったね。黒いスーツが白いクリームまみれなのになんだか鉄の味がする様でさ。でも雨は土臭くて、それでも涙はしょっぱかった。そんな味付けだったかな。そんなの、簡単になんて飲み込めなかったな。

 やっぱここに来ちゃったな。君だったらもう来なくて良いよって言うだろうけどさ。ごめんね、やっぱり来ちゃったな。アルコール、どうする?一応置いておくよ。警察とかにバレてもいいよ、そんな時はただの逆ギレ。

 夕方五時半、コウタの迎えに来た。やっぱり元気に走り回ってた。無邪気って良いよね。私達が還暦迎える頃にはコウタには幸せでいて欲しいよね。

 そういえばさ、やっぱり着いてきてるよね。今日は一緒に帰ろっか。

 懐かしいよね、この道。私達、いつも二人で帰ってたよね。駅でユウキが三分待ってくれてさ、少し遠い私が少し遅れて着くんだよね。それから、おんなじ道を二人で帰ってたよね。今更こんな事ずるいけどさ、コウタと三人で歩きたかったな。でももしかしたら、今日は三人なのかもしれないね。

 ユウキ、君もそうだったけど、コウタも同じもので揃えたがる癖があるみたい。可愛いぬいぐるみとか、カバンにつけるキーホルダーとか。君もそうだったよね。おんなじ道を一緒に歩いて帰って、いつものコンビニで、いつもの壁一枚と、さ。

 やっぱり、家は落ち着くね、ただいま。ぱぱっと用意して、コウタと私のご飯と一緒に、ユウキの君の仏壇に好きだったコーヒーとミルクチョコレートをお供えした。手を合わせて召し上がってね、手を合わせていただきます。

 どう?ちゃんと食べてる?あの時と違わない笑顔かい? 心配だよ、私。向こうでの生活とか、どうなのかなって。でもなんか思い出しちゃったな、二人の時。最初に会ったあの部室も、それから二人で見たあの映画も、なんか言葉にならないそんな感じも、初めてしたあのドキドキも。今度会ったら何をしようって色々聞いて考えてくれたよね。優しいだけじゃ意味ないとか、君の恋がいつ叶うんだろうってモヤモヤしてたのも、私、全部分かってたよ。ただ知らなかったフリ。

 ところでさ、ユウキ、まだ君はそこに居るの?私、これからコウタとお風呂だよ。不思議だよね。ユウキ、君とならそんな事も始まったのかもしれないのに、コウタは健気にシャンプーして貰ってるよ。本当だったらユウキが一緒にお風呂に入ってあげるべきなんだろうけどさ。石鹸、小さくなってきちゃったな。

 懐かしいよね。ユウキ、君に会ってから色んな事わかったんだ。なんか、あの、こうとは言えないけど、なんていうか一言で言えば、一言で言えない、そんな感じ。は? 何言ってるんだろうね。

 やっぱりさ、化けてよ。おばけでもいいから出てきてよ。やっぱり、なんか、寂しいよ。一人だと、やっぱりさ。辛いのはユウキ、君の方かもしれないけど、君ならさ、ユウキ、私も辛いって分かってくれると思うんだ。

 やっぱりさ、分けてよ。君の悲しい事苦しい事、分けてよ。分かってあげられるからさ、分かってよ。嬉しいんだって、分かるでしょ?成仏して消えるくらいなら、いつまでも、あの日私が一緒に帰らなかった日、恨んでいてよ。でも、今日くらい許してよ。この先何年何十年も、ユウキ、君のこの日は忘れないよ。

 明日、休もうかな。二人なそんな気で痛いな、この心。なんか馬鹿みたいだよね、私。こんな事で感傷的になるなんてさ。もう、いや、まだこんな年だったんだな。

 君は幽霊失格だけど、私は人間失格にならないように、頑張るからさ。頑張れるかな。大丈夫、コウタが二十になるまで一人置いてく事なんてしないよ。

 もう、帰る?コウタ寝ちゃったけど、最後の一秒まで見ていきなよ。やっぱり可愛いよね、ユウキそっくり。二十三時五十九分それと恐らく数十秒、電気を消して、おやすみなさい。





ここにだけのこるひとりつぶやきあとがき

僕がクリープハイプで一番好きな曲「幽霊失格」を個人的な舞台に、クリープハイプの色んな曲の好きなフレーズを詰め込んで書いたんだ。「コウタ」は「コウキ」からきてるんだ。じゃあ「ユウタ」って誰? ただの文字さ。

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