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(小説)白い世界を見おろす深海魚 0話〜序章〜

(あらすじ)
2000年代前半の都内での出来事。
広告代理店に勤める新卒2年目の安田は、不得意な営業で上司から叱られる毎日。一方で同期の塩崎はライター職として活躍していた。
長時間労働・パワハラ・一部の社員のみの優遇に不満を持ちつつ、勤務を続ける2人は、マルチビジネスを展開する企業から高額で広報誌を作成する依頼を受ける。そんな中、安田は街の再活性化を目的としたNPO法人への業務請負を提案される。人を騙すことで収益を得る企業と社会貢献を目指すNPO法人。2つの組織を行き来していく過程で、どちらも自己実現を目的とした若者によって構成され、その中心には利己的な人間がいることに気づき、ある行動をきっかけに“戦い”を決意をする。



序章

 新たな契約先は、池袋にあった。
 3年前に建てられたオフィスビルを目指して、東口から明治通りを歩く。この街に漂う食べ物と排気ガス、それと何かが熱せられる独特のニオイは、相変わらずだ。強い日差しに熱せられたアスファルトに息苦しさを感じながら、どこか懐かしさに似た想いを抱いていた。

 おびただしい数の看板を見上げながら、ある女性と行った居酒屋を思い出す。
 今でも存在するのだろうか。

 店名も場所も忘れてしまったが、和をテイストにした内装や豆乳の鍋料理、茶色い髪の店員といった断片的な記憶だけは残っている。

あの頃ぼくは、粘着性のある黒い憂鬱を常に抱いていた。

 23歳、社会人。
 楽しいことなんて、ほとんどなかった。だからといって絶望していたわけでもない。閉塞感もあったが、そんなものはすぐに慣れた。
 ただ、気持ちを低く保ちながら、激しい競争が繰り広げられている社会を、どこか遠い出来事のように見つめ、淡々と生きていくように努めていた。その女性を陥れた組織とシステムに恨みを持つまでは。

 彼女はぼくとは違い、希望を抱いて生きていた。

 目標に向かって努力することを怠らなかった。そこに彼らは漬け込んできた。
 ぼくはそいつらに復讐するために静かに停滞させていた気持ちを奮い立たせ、ある行動に出た。
 でも、そこから得たものは何だったのだろう。
 今でも、たまにフッと考えるが、決まって何も浮かばず思考は停止したままだ。

 今、ぼくは当時のことを記している。
 仕事が終わって、夕食を済ませてから寝るまでの一時間。
 仕事が忙しい月曜日以外は、ほぼ毎日シンプルテキストに打ち込んでいる。

 思い出すことは辛いことだ。

 だが、忘れてしまうことに躊躇いがある。15年という月日が経った今だからこそ、当時の物事を冷静に見ることができるし、詳細でなくも記録として残しておけば、いつか何らかの形になると思って続けている。

つづく


#創作大賞2023 #お仕事小説部門

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リアルだけど、どこか物語のような文章。一方で経営者を中心としたインタビュー•店舗や商品紹介の記事も生業として書いています。ライター・脚本家としての経験あります。少しでも「いいな」と思ってくださったは、お声がけいただければ幸いです。