yuka

1965年生。高度成長期に大分川の河口付近の団地から徐々に上流に移り住み、大学進学と同時に上京。昭和63年度卒、平成元年入社、寿退社後、出産、子育てを経て離婚。じぶんの生きている世界から戦争がなくなり、生きている何かがみんな楽しかったらいいな、と思って暮らしています。

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1965年生。高度成長期に大分川の河口付近の団地から徐々に上流に移り住み、大学進学と同時に上京。昭和63年度卒、平成元年入社、寿退社後、出産、子育てを経て離婚。じぶんの生きている世界から戦争がなくなり、生きている何かがみんな楽しかったらいいな、と思って暮らしています。

最近の記事

あめます舎日記#9 8月がくるたびに

2024年8月6日(火)8:15 黙とう ただ、ひたすら、毎日楽しく笑って生きていられたらいいな、と思っています。  子どものころの8月6日、九州大分県大分市。夏休み中の登校日でした。6年間毎年毎年。8月6日にはたぶん蝉が鳴いていて、40分歩いて学校に行きました。そして「ヒロシマに原爆が落とされた」日の話を聞いたり、「ああ、ゆるすまじ原爆を、三たび許すまじ原爆を、われらの街へ」と歌ったりしていました。  おおえひでさんの「八月がくるたびに」は何年生か忘れたけど「課題図書」

    • あめます舎日記#8 夏祭り

      2024年7月31日 あめます舎日記#7,を読み返したら、最後の小見出し「あいさつ運動を思いだした」・・つづく、で、そこには「あいさつ運動」のことは何も書いていませんでした。PTAの話を書いていて、その時、「あいさつ運動」を思いだし、その時は勢いで「つづき」を書けそうだったのだけど、なんと6月半ばくらいから体調を崩してしまい、暑さもあって、続きを書くどころではなくなってしまったのです。なので、ちょっとその話はもう少し先にしたいと思います。「すべてはつながっている」のでいつか

      • あめます舎日記#7 すべてつながっている

        2024年6月9日 今日は、「せたがや杜の楽校」の活動とおでかけひろばの休日開室、明日から「杜のアトリエ」を開けてみる、という日で、夕刻には長女次女孫たちとゴハンを食べるというビッグディになっています。 が、それぞれを動かすリーダーは私ではないので気は楽です。いればよい感じ? 地域懇談会に行ってきた 地域の児童館が主催してくれる「地域懇談会」に2日続けて出席してきました。私がPTA活動にいそしんでいた20年くらい前は、「協議会」がムーブメントだったのか?「学校協議会」だ

        • あめます舎日記#6 夢のきろく

          2024年5月29日 あめます舎には2階があります。私はそこにおふとんを敷いて寝ています。あめます舎に住むようになって、感じるようになったことは、「毎日」のルーティーンを大切にしなくてはいけない歳になったんじゃないかな?ということと、どうして、若いときにはそういったことが億劫だったのかな、ということ 夢をみたので、忘れてしまうので書き留めておこうと書き始めました。 今日の夢は案外いい夢だった。 なんか私がいるマンションの部屋みたいなところに、大人(母親)が、数人(たぶん

          あめます舎日記#5 春が来た

          春が来ました。嵐のような日があったり、急に寒かったり、汗ばんだり。 年度末と年度始まりは同じ時期なので(当たり前か)「やらないといけないこと」があって、なんだか気持ちばかり焦ってしまって、なんにもすすまなかったりして。歳はとっていくので、パフォーマンスはあきらかにさがっていて、困っちゃうな。 始めて会った人に、名刺を渡すと同時に「note書いてますので、読んでください」とか言っておいて、更新していないていたらく・・。 グリーンピープルズパワーのイベントのお手伝いに行った時に

          あめます舎日記#5 春が来た

          あめます舎日記4 「おでかけひろば」の開設

          「おでかけひろば ゆるり」を2023年2月5日に開設しました。世田谷区の補助事業です。 おでかけひろばの開催日などについては、インスタグラムに投稿しています。これは、この事業用に専用の携帯電話(iPhone)を購入したのでそれで、ひろばに出てくれているスタッフ(仲間で得意な人)が投稿することが多いのですが、私も自分の携帯電話から投稿したりもします。 なんというか、今年にはいってからの、「futakoloco(二子玉川のまちメディア)」のミーティングで話した時に、「今はもう、

          あめます舎日記4 「おでかけひろば」の開設

          あめます舎日記3 よきことはカタツムリのように

          今は、2024年1月30日(火)いちにちが終わってしまい、1月がもうすぐ終わることに。 日記なんだから、とにかく書かなくちゃ、と思っているのですが。 続ける、辞める、決める、ってとっても難しいなと日々思います。 2024年2月5日、「おでかけひろば」を開設できることになりました。「おでかけひろば」は世田谷区の補助事業で、10月に申請して、11月の末ごろに選定されました。 ずっとやりたかったことで、5年くらい前に、アトリエでできないかなと相談したこともあったのですが、補助事業

          あめます舎日記3 よきことはカタツムリのように

          あめます舎日記2 あめます舎が目指すところと「三年鳴かず飛ばずプロジェクト」について

           2024年1月1日、「あめます舎日記2」を途中まで書いていたのですが、「日が落ちる前に」と近所の小さな神社にでかけて帰ってきたら、能登で地震発生の一報が入ってきました。  次女は阪神淡路大震災の翌年に産まれて、わたしたち家族は、長女4歳、次女6か月で「転勤」のため震災被災地の大阪豊中市に転居しました。豊中で5年間子育てし、長女が小学校4年生、次女が幼稚園の年長になる年に東京に戻りました。2011年の東日本大震災の時は次女は中学で体育の授業中、長女はアルバイトにでかける直前

          あめます舎日記2 あめます舎が目指すところと「三年鳴かず飛ばずプロジェクト」について

          あめます舎日記1

          2024年1月1日今は元旦の朝。あけましておめでとうございます。 昨日のうちに「noteをはじめる」はず(要するに2023年の目標だった。毎年、今年の抱負、みたいなことで、「伝えることについてを行う」ことを考えているんだけど、たぶん、できないまま何年も何年も経ってしまっています。) このままでは、また、カクカクサギになってしまう。 そもそも、noteは自分の記録でもあるのだけど「あめます舎」とはなんなんだ? どうしてこうなって、果たしてどうなっていくのか?ということを残して

          あめます舎日記1