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第百二十六夜 『ドラゴンボール』

「少年漫画はなぜ人の心を昂らせるかわかりますか。」

彼とSに私は問いかける。
今期の締め日のこと。私のわがままで事務所近くの焼き鳥屋を使わせてもらう。
串物というのは子供ができるとなかなか足が遠のく。仕事の飲み会くらいはと提案した。

「かっこいい主人公がいるから。」

「お話の構造がわかりやすいから。」

様々な意見が飛び交う。
先にお伝えしておくと、私は少年漫画市場主義というわけではない。父の職業上の都合で幼少期から少年漫画を始め、少女漫画、成人漫画、アメコミだろうとなんでも読んでいた。今書き認めている千夜一夜のタイトルもそんな時代に読んだ漫画や小説、映画のお題目を拝借しているのである。

「少年漫画というジャンルは未成熟な人の成長を描くから、あんなにも大人も子どもも魅了されるのです。仕事でもそう言った経験ありませんか。」

私は彼に目線を送る。彼はかつて私の上席であったが、部下の成長を心から喜べる上席であった。
部下の成長と成功を喜びそれを肴にお酒を飲んでいた姿は今でも記憶に新しい。というよりも今も変わっていない。

「最初から最強みたいな主人公って少年漫画には意外といなくて、初心者が実は才能があってとか、努力が実ってとかそういう成長劇が物語の本質になっていくんですよね。本当に仕事と同じですよ。だからこそ、私は千夜一夜物語を少年漫画のようなテイストで書いていきたいんですよね。」

彼はそういうと妙に納得したような顔で頷く。

「企業の成長ということですね。」

「もちろん、それは一つの主題です。しかし、千夜一夜物語の主人公はあくまで『彼』としているのです。語り部が『私』、それ以外をイニシャルで。」

「そして、お話は『彼』という主人公の行動が周囲をどう成長させていくか。それを楽しんでもらえるように構成しているんです。『私』や『S』、時にはお客様ですらアメリと『彼』の行動で成長していく姿。これが読者を惹きつけるために必要だと思っています。」

読者。直接の数字には関係のないこの執筆活動はなんのために続けているのかと問われると意外に難しいものである。しかし、この積み重ねは会社のそこで働くものの成長の記録として残っていくものである。

「歴史を作っているのですね。」

ずっと聞き入っていたSはそれを歴史と捉えたようだ。

気が付けば彼らのグラスは空になっていた。話し込みすぎたようである。

「めちゃくちゃいい話じゃないですか。いつか振り返る時が来れば、成長も停滞も失敗も成功もここに記録されていき、継続していく。それは一つの財産だと思います。乾杯をしましょう。」

彼はグラスをこちらに差し出してきた。飲みおわった空のグラスを。
彼の発案ではじめたこの千夜一夜物語も気が付けば半年程続けている。今後も株式会社アメリの成功から失敗までを描いていく媒体として機能していくれることであろう。

「ハイボールです。」

注文していた酒がテーブルに並ぶ。改めて乾杯である。

物語の続きはまた次の夜に…良い夢を。

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