空想のカルディア①
心とはどこにあるのだろうか?
子供の頃からよく考える。
科学が発達した現在、それを胸の内に秘めていると考える人がどれだけいるだろう?
かといって、この空っぽの脳みそに心があるとは到底思えないのだけど。
一体どこにあるのだろうか?
26歳になった今も、その答えは分からなかった。
季節は夏。
まだ梅雨も明けていないのに蒸し蒸しと暑い日が続く。雪野想(ユキノソウ)は、空を見上げ、ギラギラと白く燃える太陽を睨みつけた。
額から汗が滝のように流れ落ちてくる。腕で拭っては新しい汗が皮膚より生成され、瞼という瞼を溺れさせる。
このクソ暑い日に何してんだか.....
想は自分の前後に並ぶ行列を見渡しながら、溜息を吐いた。
ここは地元の遊園地。ジェットコースターなどのアトラクションや遊園地のキャラクターであろう着ぐるみ達との触れ合いを楽しむ場所。
こんな時期でも遠足があるのか、学生服に身を包んだ中学生達が想の前後には並んでいる。ちなみに、この行列はジェットコースターに乗るためのものだ。
正直普段なら並んだりはしない。
なぜ汗だくになりながら行列に並んでいるのかと言われたら理由は一つしかない。
それは、これが他人の願いだからである。
「おーい!」
どこかで声がした。聞いたことのある女性の声だ。
そう、この行列に並ぶことは彼女の願いだった。
声の方を見ると、明るい茶色の髪を頭の上で1つに束ねた少女が、シェイクを二つ抱えて想の元に向かってきていた。
「お待たせー」
明るい声色の彼女は、白のノースリーブにミニスカートとかいう、いかにも明るい性格の女の子が着ていそうな身なりをしている。
彼女の名前は、美雲灯(みくもあかり)。
一応、お付き合いをしている。世間的には彼女だ。
「はい!これ想の分ね」
「ありがとう」
灯から一つシェイクを受け取り、口をつける。
口の中で嫌な味がした。
「.....えーっと、灯さん?これ何味?」
「お、気付いちゃった?これはね、"さっぱり冷やし中華"味だよ!」
「いやチャレンジャーすぎだろ!!」
よく買ったなそんな味!
口の中では何とも言えない味が広がっている。
「てかこれ激マズなんだけど」
「ホント?アタシの"愛しのマンゴー"味と代えっこする?」
「何で自分だけ美味そうなヤツ頼んでんだよ。いーよ飲むから」
想が機嫌悪く返答すると、灯がニヤーッと笑みを浮かべる。
「えー?ホントにいーのー?間接キスチャンスだったのにー?」
「お前それが狙いかよ」
そうツッコミを入れると、灯が楽しそうに笑う。
灯は、恋人"ごっこ"が好きだった。
何かとイチャイチャ出来そうな要素をデートに盛り込んでくる。この遊園地デートもそうだった。
「ねー、ドキドキしてきたよ想!上まで行ったら手握っても良い?」
「いーよ別に。てか何で上まで行ってから?握りたいなら今から握れば?」
「上まで行ってからの方が雰囲気出るじゃん!それに今握ったら、冷やし中華の匂いが手に付きそう」
「お前が買ってきたんだけどな」
その後、ジェットコースターに乗ってからの記憶は自分にはない。
なんせ、ずっと目を瞑っていたから。
「想、ビビりすぎでしょ!」
「あれ、人が乗るように設計されてないだろ?」
「なってるよ。商業施設ですからココ」
ジェットコースター終わり、げんなりした想を見て、灯は大爆笑していた。ジェットコースター近くのベンチに2人で並んで座りながら、想は空を見上げた。
相変わらず、空にはギラついた太陽が君臨している。
気分が悪い。絶叫アトラクションに加えて、この暑さはインドア男子には中々に堪える。
灯の方を見る。
「ちょっと飲み物買ってきてくんない?バテたかも」
「ホント?冷やし中華でいい?」
「以外で頼むわ」
「オッケー」
飲み物を買いに行った彼女を見送った後、ベンチにゴロンと横になる。
園内にある時計を見ると、15時を回ろうとしていた。
後少しもすれば、この暑さもいくらかマシになるだろうか。学生達もそろそろ帰るだろうし、人が減れば熱気も下がるだろう。
なんてことを考えながらウトウトしていると、遠くで小気味の良い歌声が聞こえてきた。いかにも遊園地でかかっていそうな楽しそうな歌。
「ワックワク〜!ドッキドキ〜!それが奥猪瀬ワンダ〜ラ〜ンド!」
決して上手とは思えないのだけど、なんとなく聴き入ってしまう唄声。BGMなんてなくて、何故かアカペラなのだけども、なんとなく気になる歌声。
瞑りかけた瞼を明けて、唄声の方を見ると、遊園地のキャラクターであろうウサギの着ぐるみが、歌いながら目の前を歩いていた。いや、スキップをしていた(ほとんど足が上がっておらず、パッと見は歩いているように見える)。
「こっこには愉快な仲間たち〜!チャンウサいるよ〜!ルルルルル〜!」
いや前言撤回だ。異様過ぎるわ。
「てか着ぐるみが地声で喋るなよ」
ついついクセでボソッとツッコミを入れてしまう。テレビでお笑い番組を観ながら1人でツッコミを入れてしまうあの感覚である。
一瞬着ぐるみの中の人に聞こえちゃったかなと不安になったけど、仮に聞こえていようが問題ではない。あちらさんもプロだ。お客の発言にいちいち耳を傾けてはいないだろう。
そう思い目を瞑ると、次の瞬間、頭に何かを掛けられた。
それが水だと分かるのに時間は掛からなかった。
反射的に目を開けると、目の前にさっきのウサギがいた。手には空のバケツを持っている。
.....いや何してんだよコイツ。
「あの、何してんスか?」
「あ、暑さを吹き飛ばす、チャ、チャンウサからのサ、サササービスだよ?」
「いや違うよね??メッチャ個人的な恨みだよね??てかサービスだとしても客に水ぶっ掛けるなよ!!」
「テヘッ!」
ウサギは右手を額にコツンと当てて、最大限の可愛さを表現した。らしい。
「それで誤魔化せるわけねーだろ。事務所かどっかにクレーム言ってやる」
想はガバッと身体を起こし事務所に向かって歩き始めた。
「ちょちょちょ待って!待って下さいご主人様!それだけは!それだけはお許しを!ゆ、許してニャン?」
「どういうお店の設定なのお前?」
あと、ウサギだよね?
着ぐるみのウサギに腕を引っ張られ足止めを食らう。着ぐるみのモフモフが肌に直に触れて余計に暑い。
ウサギの往生際の悪さと暑さでイライラする。
「つーか、何してんだ。仕事しろ職員なら。変な歌なんて歌ってないで」
「ワ、ワタシの自作チャンウサマーチを馬鹿にしないでください!か、可愛いでしょーが!」
「イタイ以外の何モノでもないわ!」
「と、とにかく辞めてください!これ以上問題起こしたらクビになっちゃう!」
「初犯じゃねーのかよ!」
「ほ、ほらこんな可愛いウサちゃんのクビチョンパなんて見たくないですよね?辞めてくださいよ!」
「じゃあ、その着ぐるみ脱げよ」
ウサギの頭に手を掛ける。そして、その手に力を込める。
「あ、いや、それは、あの、辞めて、ちょ.....」
ウサギが慌てた声を出すが知ったことではない。
勢いのまま、ウサギの頭を外す。勢い余ってウサギの頭が地面に転げ落ちる。
「.....え?」
しかし、ウサギの中の人を見た時、想は固まってしまった。
「想〜!買ってきたよ〜今度はちゃんとはしたヤツ.....って」
シェイクを2つ抱えた灯もその光景を見て固まる。
「あの.....どういう状況?」
ウサギの中から現れたのは、とびきりの美少女だった。