性愛短歌の選評(次世代歌壇 第10回毎月短歌【現代語・テーマ性愛】)

 今晩は。

「性愛」をテーマにした短歌選評を仰せつかった歌人の雨虎俊寛(人間)です。
はじめに選が大幅に遅れましたことお詫びいたします。
公私ともに(主に公にて)とても忙しい今年度を過ごしており、状況がまだ改善する見込みの無い中の作業だった事をお許しいただければ。

先月半ば、投稿歌151首がまとめられて僕の元へ届いて、投稿歌を読み進みだして先ず思ったのが、「……該当作なし」という事もあり得るかも?という所感でした。

全体を通してあまりにも直接的というか、そのままな性的ワードの多用が多くて味わいが薄く、短歌として形(なり)がそもそも好ましくはないなという歌も続き、選べるのだろうかと不安が頭を過りましたが、直ぐに良歌がぽつぽつ現れてきて安堵しました。
単にエロいワードや行為を並べても感ずるところは弱く、それらの言葉を用いずに情景を想起させる官能的な歌を採ろうと心掛けました。

151首を何順か読み返し、10首を選んだところで僕の頭の中を奏でる楽曲やPVが各歌に浮かびあがり、それらを賞名にしようと思い立ち、それらの楽曲PVのYouTube動画を評の後に貼ってみました。
あくまでも僕の感じたものなので「?」と思われる向きはあるでしようが、お付き合いくださいませ(※テーマがテーマだけに、平成初期の夕飯時にもON AIRされていたとはいえ、令和ではアウトな楽曲PVの映像中のセクシャルな表現を観たく無い方は、YouTube動画を再生されないようにご注意ください。あと、全てハードロック&へヴィメタルの楽曲なので、そのような音楽がお嫌いな方も再生されないようにしてください。音量にもお気をつけください)

それでは10首と賞名に用いた10曲を発表してまいります。

What Love Can Be 賞
豆苗が育ちゆく窓辺に揺れる昨日奪ったあなたの下着/あや

お預かりした詠草集の冒頭歌でした。
初読は冒頭歌ということもあり、基準点として辛く見たこともあり◯を付けなかったんですが、読み返した時に初読では気付けなかった良さがあり、選をすることの難しさや自分の至らなさを覚えさせていただくことになりました。
詠われている二人の関係性を豊かに想起させるアイテム立てが巧いなと思いました。
一度は調理のために刈った豆苗を再生栽培する人が着けていた下着ってどういう形状や色やデザインなんだろう……そして作中主体は前日にそれを奪ったのだ。
奪うといっても直接的な行為としてなのか、関係性としてのことなのか、奪うって硬軟様々あるし、そこも読者に良い委ね方が出来ていて、窓辺に見える豆苗と下着の景も良いと思った。
再生する豆苗に二人の関係性が潜んでいて、それも何度も再生するものでは無いということを示唆するものとしての豆苗というアイテムを用いたところが秀逸。
選んだ曲は、気怠い事後を感じさせる官能さのある楽曲とPV 、そしてレニー・ウルフのセクシャルなボーカルパフォーマンスから
『What Love Can Be 』song by Kingdom Come


Still Of The Night賞
玄関の扉を閉めて谷川の合流のごと舌をあわせた/塩本抄

玄関の内に帰りを待っていた恋人とのことなのか、二人して帰宅して即のことなのか。
何れにしても、どちらも良いシチュエーションと言える。
扉が閉まる音を(鍵をした音でも)合図にして、川の合流のように「舌をあわせた」二人、渓流と言わずに谷川と表現したところや唇を重ねたとしない言い回しがとても良いと思えた。
渓流だと河まで遠く、谷川なら河により近づいている表現で、谷川同士もしくは、谷川が河川と合流して引き込まれたり、川幅を増していく勢いや熱量や一体になる様や、プライベート空間に収まるまでの外と内での人の振る舞いや焦れている内面などを見事に詠みきったのではないだろうか。
「あわせた」を平仮名にひらいたのも好印象で、合わせたものが舌だけではないと読ませる。
選んだ曲は、楽曲、ギターソロ、歌詞、何よりもPVに当時のパートナーを起用したボーカルのデヴィッド・カヴァディールのマイクスタンドパフォーマンス込みのエロな熱量、このPVを観ていただければ成る程と言っていただけるかと
『Still Of The Night』White Snake


Paris Calling賞
脱衣所で裸の二羽の人間が鳥の部分を見せ合う真冬/猫背の犬

ホテルの脱衣場だろうか、裸の二人の鳥の部分とは抱きすくめた背中か、体を預けた背中か、人類が人になる前の鳥だった頃に翼を支えた肩甲骨を、抱き合ううちに体勢が代わり、互いに相手の鳥の部分を目の当たりにし合うことなのか。
もしくは、お互いの胸部を見せあう鳩尾(みぞおち)のことなのか。
「裸の」は言わなくても脱衣場で判るなと思いつつ、冬の脱衣場で着ているもの(この場合は着衣が羽毛を想起させる)を一枚ずつ互いに脱がせていく様を思えば、この「裸の」というフレーズは意味を為す。
選んだ曲は、冬の都会感とボーカルのリチャード・ブラックの妖艶さ滴るステージアクション(かのアクセル・ローズも影響を受けた)が観て取れるPVから
『Paris Calling』song by Shark Island


Shake Me 賞
ものすごい速さでドラッグストアから帰って来たから笑い合ったね/インアン

巧いな!と思いました。
この一首で選が進んだというか、よし!今回の投稿の場は大丈夫だなとなりました。
読み手がテーマ詠を踏まえ無くとも、直接的なワードが無くとも「性愛」が成り立っているし、ドラッグストアがコンビニより良いチョイスと思いました。
コンビニって暖かい物を扱っているから読みを誤ることもあるだろうけれど、ドラッグストアからものすごい速さで買って帰って笑い合える物ってそれしか無いやんという共通認識を持たせる共感性のものすごさに軍配が挙がりました。
青春感が強いけど、そうじゃない二人でも成り立つ可笑しみもあって、いやもう巧い。
選んだ曲は、勢い感!疾走感!からこの楽曲とコミカルなPVから
『Shake Me』 song by Cinderella


Stay With Me Tonight賞
わたしたちどこにもいけない魚だね敷布にできたぬかるみの中/水川怜

この敷き布はサテンであろうとなんとなく思った。
どこにもいけない魚とはどういうことだろうか……行けない・生けない・イケナイ(関係、異性・同性限らず)など二人の置かれた状況を色々と想わせる。
人目につかない、ただシーツの上でだけしか許されないかのように、二人はぬかるみでもがく魚のように抱きあうのだろう。せめて今夜限りでも。
少し乱れた敷き布をぬかるみに見立てた、見立ての巧い歌だなと思った。
魚になった、どうすることも出来ない二人の息苦しい陶酔感が美しいし、筆名も相まって好きな一首でした。
選んだ曲は、ポール・ショーティノのセクシーな切迫感が過ぎるボーカルパフォーマンスとサテンのシーツが出てくる歌詞から
『Stay With Me Tonight』song by Quiet Riot


Living In Sin賞
肩越しにテディベアと目が合ったごめん大人になってしまって/宇井モナミ

この一首も巧い歌だなと思った。
肩越しに自室に幼い頃から友達とも言える存在であるテディベアに心の中で懺悔する場面。
肩越しに目が合うのが巧いし、性愛を十分に想わせる効果を持たらしている。
テディベアというアイテムがまた良いチョイスで、10代では無くとも、色々なことを報告してきたであろうパートナーであり、家族でもある人形に人は何か宿るものを感じるものだから、どうしても目が合う感覚を持ち、何かを受け取ってしまうところを巧く詠まれた。
それが睦事の最中にふと起きたという場面の切り取り方が良かったです。
選んだ曲は、この一首に真っ先に浮かんだこのPVを
『Living In Sin』song by Bon Jovi


Rock Me賞
卵生む魚の肚のごと白き君のこむらに歯を立てている/水川怜

水川怜さんからもう一首。
「こむら」の表現に費やした上句が素晴らしく、そのこむらに歯を立てるという性愛行為に打(射)たれた。
愛が高じると性愛行為時に噛むこともあろう。その部位としての「こむら」の選択と見立てがまた良くて、その噛む様が抱卵している魚の白くふくよかな肚(腹)に噛りつくようだと詠う。
とても官能的な一首でした。
選んだ曲は、官能的なジャック・ラッセルの静から動へ徐々に移るボーカルパフォーマンスと人魚を想わせるPV から
『Rock Me』song by Grate White


Way Cool Jr.賞
各々が手櫛で梳かす乱れ髪 始発の女性専用車両/Tsugumi

始発の女性専用車両って、必ずしも女性専用時間帯では無いとしても男性はやはり乗り込み難いものだと思う。
下句すべてで「始発の女性専用車両」を使っているので、上句に目をやると乱れ髪を手櫛で梳かしている各々が居る。
この各々は他の車両には乗り込み難い理由があって、指定時間帯では無いけれどこの車両に乗り込んでいる。
その理由が仮初めかもしれないし、ワンナイトだけかもしれないパートナーと一夜を共にし、送られることも無く、そんな各々が他の男共には見せたくない姿で始発に揺られているところに交々(こもごも)を想起させる。
上句のまとめ方が巧みだと思った。
選んだ曲は、退廃的な楽曲と、この各々なオネーサンたちが登場するかのようなPVを
『Way Cool Jr.』song by Ratt


Decadence Dance賞
AVと違うってそりゃそうでしょう地球儀と地球ぐらい違うよ/汐留ライス

このド正論ぶりというかド真理・ド道理ぶりがスカッとした一首であり、詠んでいる内容にしては短歌として割りと定型を守れているところが好印象。
そして取り合わせの巧い一首でした。
確かに地球儀と地球ぐらい違うなと。
誰かに見せるために睦事をするでなし!
選んだ曲は、タイトルと虚構感満載なA Vっぽい皮肉の効いたPVから
『Decadence Dance』song  by Extreme


Headed For A Heartbreak賞
似合わない色を買ったの唇にのせてあなたにうつす口紅/水也

最後の一首は個人的にとても好きな一首で、幾つかの読みはあるだろうけど、似合わないのは果たして……
1.作中主体に似合わない色の口紅だったのか(あなた好みだから付けたけど)
2.あなたに似合わない作中主体なのか
3.唇にうつされてしまったあなたには似合わない色の口紅だったのか(大人っぽいor子供っぽい ほぼ2と似たような読み)
4.あなたへ思いが失せたからこそ似合わない色(あなたから好ましく思われないように)の口紅にしたのか
僕は4を選びたい。普通に読めば背伸び感のある読みで良いんだろうけど、僕は別れの前触れやサインのように採りたい。
選んだ曲は、別離感とモノクロ映像に部分的に色を載せる演出のPVと堪らなく好きな曲から 
『Headed For A Heartbreak』song by Winger


以上、10首選でした。
皆さん、良い歌をありがとうございました。

ここからは鼻差で10首選に届かなかっためっちゃ惜しい4首と期待を込めて直せば届くと思えた1首を紹介します。

どこからが痛みだろうかとうきびの粒にゆっくり歯をたててみる/宇井モナミ

されているほうの幸せ独り占めさせてもらっている腕枕/真朱

お互いの手の大きさを比べつつ無くなってから探す終電/猫背の犬

さみしいの類義語として好きでもない人に抱かれたホテルの名前/外村ぽこ

期待の1首
ゆらゆらと金魚鉢がひかりゆれてるわたしはとても息つぎがへた/水蜜堂

(定型はやはり調えるべきで、「ひかりゆれてる」は光りに表現を割いてほしいかも。初句の「ゆらゆら」と3句の「ゆれてる」が重なっているのが勿体ない。下句が良いし、金魚鉢との取り合わせが良いだけに。ただし下句は既視感が無いわけではないかな)

本来ならば選をする立場でもありませんが、今回は同テーマ詠の選を共にさせていただいた、性愛短歌の第一人者でもある淀見佑子さんの推薦が無ければ、辞退しているところでしたが、こうやって不相応にも投稿歌151首から選ばせていただきました。

自分にとって、とても良い経験を積ませていただけましたし、何よりも「性愛」をテーマにした素晴らしい歌々に出逢えた事を喜んでおります。
最後まで読んでくださりありがとうございました。

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