物真似【ショートショート】
あるところに真理という実に物真似の上手い娘がおりました。彼女はちょっと愚直ですけど、大変優しい子で、人から頼まれると男の物真似からラクダの鳴き声まで何でも喜んで引き受けていました。
彼女の友人に太一という浮気っぽい男がいるのですが、ある日の夕方、その太一が、真理のもとへやって来て、
「真理さん、ちょっとお願いがあるんだ」
「何でしょう?」
「今晩、俺のアパートに来てくれないか」
「まあ、いやだ。なんて思い切ったことを言う!」
「いや、そうじゃないんだ。今晩、大事な用事があるから出かけなければいけないんだ。だから、もしも、留守中に俺の彼女が来たら、ドアの向こうから、今日は具合が悪いからすまないけど帰ってくれ、と言って追い返してくれないか。あの女は、疑い深いから後で昨日はどこに行ってたの、もしかしたら浮気でもしていたんじゃないの、 と色々勘ぐってうるさいから、どうか、真理さんの物真似で俺になりすまして 適当にあしらってくれないか。何せ俺は大事な用事があるから、どうか頼むよ」
大事な用事と言ってもそれは大嘘で、他の女のところへ遊びに行くのに違いないのですが、愚直な真理はその用事を喜んで引き受けました。
しかし悪いことはできませんで、その日の夜、真理が言われた通り、太一のアパートで留守番をしていると、
「おい、太一。私だ。美香だよ」
と太一の彼女の美香が早速遊びに来て、表のドアノブをガチャガチャやりますから物真似名人の真理は早速、声色を変えて、
「今日は風邪をひいているから、すまないけど帰ってくれ」
と嘘をつきますが、
「風邪をひいている割には声が綺麗だね。 とにかく開けてよ」
というもんだから、愚直な真理はうっかり ドアを開けて、美香を室内へ通してしまったのです。
そこへ、運悪く忘れ物を取りに太一が戻ってきて、玄関の前に立って、はばかるような小声で、
「おい真理さん、財布を忘れてしまったよ。机の引き出しの奥にあるから、済まないけど、取ってきてくれ。 頼む。何せ俺には大事な用事があるんだ」
「コラ!太一!何が大事な用事だ。お前は浮気ばかりしやがって。いい加減にしろ。もう別れてやる!」
「さすがに物真似が上手いね真理さん。美香の声にそっくりだ」