白い大蛇【ホラー怪談小説】
毎年冬の夕暮れになると思い出すことがあります。ある忌まわしい予言を伴って。
この話は私の小年時代にまで遡ります。 当時小学5年生だった私は弟と一緒に母に連れられて、占い師のもとまで行ったことがあります。
それは私の暮らしていた街から少し離れた埼玉県草加市の占い師で、そうしてその占い師はよく当たるという評判でした。母はその頃、占いに凝っていましたので、それを知って行く気になったのだと思います。
小さい頃のことで占いの結果についてはあまりはっきりと覚えていませんでしたが、おそらく私は、大丈夫、このまま順調に育ちます、安心しなさい、と占い師に言われたと思います。けれども、弟の方は違っていて、あなたには未来がありません、あなたは白い大地に食われて死にます、と予言されてしまいました。この予言は私にもショッキングな内容だったので、今でも鮮明に覚えているのです。
弟は健二と言って私の2つ下で、小学校3年生でしたが、子供心にもその予言には相当衝撃を受けていたようです。その日以来、家に引きこもりがちになりました。母もそれを心配して、魔除けのお札を買って与えてやるほどでした。けれども、その後、弟には何事も起こることなく、もちろん大蛇に食われることもなく、時は過ぎて行きました。私たち兄弟はそのまますくすく成長して中学生になったのです。
「あの時の占い師は結局インチキだったんだな。人を騙して金を巻き上げるのがあいつらの仕事だ。ひどいもんだ」
「うん。占いなんてものは大抵当てずっぽうだよ。未来なんて見えるわけないじゃん」
「そうだよな。バカバカしい。あははは」
「あははは」
と当時、私たちはよくこんなことを言っては笑い合っていました。要するに、あの日、あの時、あなたには未来がありません、 あなたは白い大蛇に食われて死にます、と言って私たちを恐怖させたあの忌まわしい予言を私たちは、もうすっかり信じていなかったのです。信じぬどころか、愚かな予言だ、と蔑んでさえいました。けれど、今思えばあの予言は、私たちの知らぬどこかで、その機会を伺いながら、静かに息づいていたように思えてなりません。
忘れもしません。私が中3、弟が中1の冬です。関東に数年ぶりの大雪が降った日 です。その日、夕暮れ、学校から帰ると 私は二階の自室の窓から、ぼんやり外を 眺めていました。表の雪は、いよいよ激し さを増し、渦を巻いて街の風景を真っ白に 染めていました。私は、しばらくの間、その様子を眺めていました。すると、そのうち、突然、隣の家のおじさんが、息を切らしてやってきました。
「大変だ!お宅の健二君が…」
そして、とにかく、踏切のところまで 行ってみろ、とおじさんは両親をさかんにに急かしています。両親はすぐに向かった らしく慌ただしい足音とともに玄関の開け放たれる音が聞こえました。私も妙な胸騒ぎを覚えて慌てて階段を駆け下り、その後を追いました。
家から一番近い踏切に着くと、すでに人だかりができていました。それはすごい騒ぎでした。私は構わず、その真っ只中に飛び込み、そうして人混みを押し分けながら 奥へ奥へと進んで行きました。 そしてやっとの思いで最前列までたどり着くと 恐る恐る線路の上を見ました。
弟が死んでいました。それは無残な死体でした。胴が切断されていて、腹部から下はなかったのです。しかも胴の断面からは内臓がはみ出していて、もうもうと湯気が立ち上っていました。どうやら、まだ死んで間もない様子でした。
弟の死は、事故死ということでした。 その場に居合わせた目撃者の証言によると、弟は踏切を渡っている最中、雪に濡れた路面に足を滑らせて転んだところを、猛スピードで走ってきた電車にひかれて死んだのだそうです。電車は少し離れた所に止まっていました。
「あなたは白い大蛇に食われて死にます」
屋根に分厚く雪が積もった電車を眺めながら、私はふとあの予言を思い出しました。