空耳【ホラー怪談小説】

 稲川です。私は今まで4度空耳というものを聞いたことがあります。今日はそれを話しましょう。

 1度目は小学校の低学年の頃だったと思いますが、夜に自室において漫画を読んでいたら、

「淳ちゃん」

女の人の声でした。その時、自室には私以外誰も人がおりませんでした。私はおや?と声の聞こえた方、つまり後ろを振り返ってみました。やっぱり誰もいませんでした。これが1回目の空耳体験です。

 二度目は中学校に上がったばかりの頃です。トイレの中で声をかけられました。

「淳ちゃん」

やはり女の声でした。そして、その音質は耳元で囁かれたような生々しい音質でした。ビクッと体を震わせて私が声のした天井を仰ぐと案の定、人はおりませんでした。

 それから、3度目は高校の時です。自室の机に向かって勉強してた時に聞こえたのです。深夜、私はノートの上にせっせと ペンを走らせていますと、

「淳ちゃん」

今度は背後からの声でした。私はペンを動かす手を止めて振り向いてみました。後ろには、人っ子一人いませんでした。空耳か…、と思いながらまた向き直って勉強を再開しようとしたらある異変に気づきました。顔を背後からノートに移す 途中、何かが視界をかすめたのです。私は首をひねり、恐る恐るその方に顔を向けました。

 いました。私の真横の空中にそれが浮かんでいたのです。それは唇でした。赤い 赤い真っ赤な口紅が塗られている唇が、たったそれだけが空中に浮かんでいたのです。

「見つかっちゃった」

 唇は私に目を向けられると、おどけたような口調でそう言ってすっと消えましたが、これが4度目の空耳体験です。

 この日以来、私は空耳を聞くことはなくなりましたが、あの唇の声だけは今でもはっきり覚えています。



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