トンネル【ホラー怪談小説】


 稲川です。私、こういう仕事をしてますとね、ファンの方から色々手紙をもらうことがあるんです。稲川さん、この前のツアーとても怖かった、とかさ、来年もまた来てくださいね、とかね、こういういったありがたい 文面の手紙が私のもとに届くんです。ところがさ、たまにやっぱりあるんです。そういう恐怖の手紙が送られてくることが。

 これから紹介するお手紙はやっぱりそういう類のお手紙なんです。差出人は、福岡在住の仮にSさんとしておきますが男の人なんです。

 稲川さん初めまして。私は福岡県のM市 で床屋を営むSというものですが、私の地元には、秋葉トンネルという古びたトンネルがあるんです。実はそこ、地元では名の知れた通称、お化けトンネル、なのです。 例えば壁には顔が浮かんだり、ヘッドライトの明かりが突然消えたり、カーラジオから、不意に女の人のうめき声が聞こえてきたり、様々な不可解な現象がそのトンネルを通る度に起こるのです。

 今回私が稲川さんにお話しするのも、そんな不可解な話の一つです。

 先週の月曜日、私の床屋の休業日で、また今年小学3年生になる1人息子がちょうど夏休み中だということもあり、女房も連れて、一家団欒、家庭サービスもかねて、隣県の海岸に遊びに行ったのですが、その帰り、例のトンネルの中を、私の運転する車が走ってる時、後部座席に座る息子が、「お母さん、あの人たち、どうしてあんなに寂しそうな顔しているの…」

と、ふとそんなことを言い出しました。息子の声には幼いながらも憐憫の情がこもってました。

助手席に座る女房は振り返って、

「どうしたの洋介…」

と尋ねました。洋介とは息子の名前です。

「洋介、誰かいたの…」

「だってあの人たち、とても悲しそうな顔をしてるんだもん…」

と息子は、同じことを繰り返しました。

「あの人達って誰?」

 私は運転しながら、ちらっと助手席に目を向けて女房の顔を見ました。女房は訳が分からず戸惑っているようでした。それもそのはずでした。その時、トンネルには 私たち以外、誰もいなかったのです。対向車もなければ、歩行者もいませんでした。 女房が困惑するのも当然でした。

 しかし、その時の私には確かに思い当たるふしがあったのです。このトンネル、 昔から変な噂がたくさんあったぞ、と私はハンドルを握りしめながら、ゾッとしていたのです。

 しかし、その日、私と女房には結局何も見えませんでした。でも息子だけは何か感じるものがあったようです。息子はトンネルを出るまでずっと、

「あの人達、みんな悲しそうな顔しているな…」

としきりにつぶやいておりました。

 やがて車は、何事もなくトンネルを抜けましたが、あのトンネルがおばけトンネルと呼ばれるわけが、その日、分かったような気がします。

 以上がSさんの手紙ですが、トンネルってこういうことがあるから怖いんですよね。

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