足音【ホラー怪談小説】
タレントの伊集院は、最近腹の肉が気になってきたのでダイエットを決意した。彼の家から3km先に公園がある。そこまで ランニングをすることに決めた。走るのは夜。昼間だと人目が気になる。ある晩、 いつものように走ってると背後から足音がする。コツ、コツ、コツ。人気のない夜道である。立ち止まって振り向いても誰もいない。足音ももう聞こえない。伊集院は気のせいだったのか、とそんな風に考えまた走り出すと足音。コツ、コツ、コツ。さすがに、気味が悪くなったのでもう振り返らずそのまま走り続けた。しかし、すぐに、コツ、コツ、コツ。彼は少しスピードを上げた。足音を振り切るつもりなのだ。しかし、足音の歩調もそれに合わすように速まる。トッ、トッ、トッ。伊集院はついに 錯乱した。わああああ!と大声で叫ぶと 猛ダッシュで走り始めた。すると足音も、タッ、タッ、タッ、タッと猛烈な勢いになる。しかも、それがだんだんと近づいてきて、やがて伊集院の背後にぴったりと追いつく。
その時、背後からクラクションの音がけたたましく響く。振り向くと1台のタクシーがすさまじい速さで、こっちへ近づいてきて、そうして伊集院のそばに急ブレーキで停車した。
「大丈夫ですか?」
窓を下げると運転手がそう尋ねた。伊集院は何が何だか分からない。
「何がですか?」
それには答えず運転手は、辺りをキョロキョロ見まわした。そして、
「あれ、いなくなってしまったなあ…」
とつぶやくように言う。
「何がいなくなったんですか?」
と伊集院が眉をひそめて聞く。運転手はまた伊集院の顔に向き直して、
「運転しながら驚いたよ。 あんた本当に危なかったんだから。だからクラクションを鳴らしたんだから」
「ですから何がですか?」
と伊集院が聞けば運転手は、
「落ち着いて聞いてくださいね。さっきね、大きな鎌を持った老婆がね、背後から あなたに切りかかろうとしていたんですよ」