用具室の中

前園刑事に問われたる山田少年の物語り

 見つけてしまったんです。二人の死体を。同じクラスの、雄介君と健二が夏休み前から行方不明になっているということは、捜索願い、という12歳の僕にはよく分からないものが出されている事から、知っていましたが、ついに、二人の死体を、見つけてしまったんです。多分、今は、夏休み中だから、誰も気がつかなかったのだと思います。いえ、違います。二人を殺したのは、僕じゃあ、ありません。そりゃあ、僕だって、二人の死体が転がっているなんて思いも寄りませんでしたし、死体があると知っていたら、絶対に、用具室なんかに近寄りませんでしたよ。けれども、友達の島田君に、用具室に幽霊が出るらしいぜ、これから肝試しに行こうぜ、と言われ、僕は、その誘いを断りきれず、しぶしぶ、島田君の後について行ってしまったのです。

前園刑事に問われたる島田少年の物語り

 僕らが向かった用具室は、校舎の陰になっていて、昼間でも、あまり日の当たらない場所です。しかも、年中、じめじめと湿っぽく、とても不気味な雰囲気に包まれています。すると、どうしたことか、その気味の悪い用具室の鉄の扉から、すえた匂いが漂って来ました。それは、我慢出来ないくらいの、今まで嗅いだことがないくらいの、いやな臭いでした。僕は、思わず、吐きそうになりました。振り返って見たら、山田君も、やはり、僕と同じく、顔をしかめて咳き込んでいました。今思い起こせば、それは、たまらなく臭いはずでした。何しろ、あれは、二人の死体の臭いだったのですから…。

前園刑事による現場検証

死体は二つとも、死後二週間、この夏の暑さにより、腐敗がかなり進み、その死因は、解剖でもしなければ、特定できないであろう。体操用のマットに包まれた遺体は、雄介君のものであり、その後頭部には、何かに打ちつけたかのような大きな陥没が残っている。用具室の扉の近くに仰向けに倒れている健二君の死体には、目立った外傷は無い。コンクリートの壁や、鉄の扉の内側の、いたるところに掻きむしったような爪跡が残っているのは、どちらか一方の子供が、表に逃げ出そうと必死もがいた痕跡に違いない。

霊媒師の口を借りたる健二の亡霊の物語

 僕は、殺されたんです。いいえ、雄介君に殺され他のではないのです。そうではないのです。というか、正直に言うと、雄介君を殺したのは、この僕なのです。けれども、雄介君を殺した当の僕も、殺されたのです。ああ、ややこしいなあ、もう。頭が混乱します。目が回りそうです。最初から、落ち着いて、説明して行きます。実は、僕は、雄介君をいじめていました。蹴ったり、殴ったり、毎日毎日、いたぶり続けていたのです。僕は、気が小さい男です。意地汚い男です。自分の持ってない物を、人が持っていると、どうしても、それが欲しくなります。黙って素通り出来ないのです。雄介君は、心が陽気で、頭も良く、人一倍正義感も強く、皆から信頼され、とても人気がありました。何の取り柄も無い僕は、それがたまらなく許せなかったのです。人間は、欲張らず、高望みせず、与えられた能力の範囲内で、慎ましくのんびり生きていくべきだと思いますが、けれども、雄介君の僕には真似の出来ない才能がどうしても、我慢できませんでした。僕が雄介君を殺したのは、二週間ぐらい前の事です。その日も、いつものように、蹴飛ばしぶん殴り、行き場のない、溜まりに溜まった憂さを晴らしていると、その蹴った弾みで雄介君の身体が後ろに倒れて、後頭部を床に打ちつけ、雄介君は、それっきり動かなくなってしまったのです。僕は、とんでもないことをしてしまった、と思いました。殺す気が全く無いのに殺してしまった事は、僕を慌てさせました。しかし、直ぐに深呼吸を何遍も繰り返して気持ちを落ち着かせると、僕は、雄介君の死体を用具室に運んで行き、ひとまず、マットに包んで隠しておきました。後で、ゆっくり始末しようと企んだのです。そして、一学期の最終日、放課後を待ちわびて、用具室に忍び込み、それから雄介君の死体を表に運び出そうとしました。ところが、その真っ最中、外側からがちゃと鍵をかけられ、僕は、用具室に閉じ込められてしまったのです。僕は、思わず、わあ!と叫んで、それこそ発狂しそうな気持ちになりました。しかし、急いで口を両手で覆って、その叫びを押し殺しました。騒ぐわけにはいかない。ちょっとでも騒げば、自分の犯した罪がばれてしまう。出るにも出られない真っ暗な密室の中で、僕は、恐怖と絶望に気が狂いそうになっていました。何しろ、次の日からは、長い、長い、夏休みなのですから…。

霊媒師の口を借りたる雄介の亡霊の物語

 はい。僕には、ちゃんと分かっています。外から鍵をかけて、用具室の中に、健二君を閉じ込めた犯人を…。たぶん、健二君は知らないと思うけど、僕には、ちゃんと分かっています。その時、もう、既に殺されていた僕は、瞬間移動でも身体を透明にする事も可能でしたからね、世界の裏側でも何でも見通す事が出来たのです。ようするに、僕がお化けのように、スッーと壁をすり抜け表に出ると、校舎に向かって足早に逃げて行く犯人の姿が見えたのです。その後ろ姿は、紛れもなく、山田君のものでした。同じクラスの。実は、以前、その山田君は、僕と同じように健二君から苛められていました。おそらく、健二君は、例の、無い物ねだりの嫉妬心から、山田君を苛めていたのだと思いますが、詳しい事は、僕には、よく分かりません。僕は、山田君を助けました。苛めから彼を救いました。ところが、今度は、かえって、僕の方が、健二君に苛められてしまい、あげくの果てには、蹴り殺されてしまったのです。皮肉な話です。もしかしたら、山田君は、殺された僕の敵を討つため、用具室の中に健二君を閉じ込めたのかも知れません。


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