描かれた恐怖【ホラー怪談小説】
稲川です。私の友人に女の子の友人がおります。名は恵子さんといって歳は若く、 今年、短大を卒業してばかりの21歳です。 決して美人というわけではありませんが、なかなか愛嬌のある顔で、会うといつも満面の笑顔で迎えてくれます。性格も明るく優しい娘さんです。彼女は子供が大好きで、小さい頃の夢は保母さんになるということでしたが、今年の春、晴れてその念願が叶い、現在、都内の某幼稚園で働いています。そして彼女に恐怖が訪れたのは、その幼稚園に於いてです。
ある日、彼女は子供たちに絵を描くように言いました。決まった題目を与えず自分の好きなように描きなさいと言いました。子供達も目を輝かせながら、はーいと元気に返事をして、それから背を丸くして紙の上に思い思いにクレヨンを走らせ始めました。恵子さんは、満面の笑みを浮かべて子供たちの絵を、いちいち眺めていきます。 飛行機だの、ライオンだの、ひまわりだの、イルカだの、電車だの、紙の上では いかにも子供らしい愛くるしい絵たちで溢れ返っております。それらを1枚1枚、眺め歩きながら恵子さんも、童心に返った気持ちになって、ますます頬が緩みます。しかし、ある女の子の絵に目が触れた途端、喜びに満ちたその表情が、凍りついたのです。その時、恵子さんは、ぎょっとしてめまいがするほど当惑したそうです。
その女の子の名は、真理ちゃんと言いました。4歳の女の子です。真理ちゃんにはお母さんもお父さんもいます。両親とも 健在です。しかし彼女には姉妹はおりません。いや、以前、真理ちゃんより2つ年上のお姉さんがいたのですが、その6歳のお姉さんは、現在、行方不明なのです。お姉さんは、近所のスーパーでお母さんと買い物の最中に、お母さんがふと目を離した隙にいなくなり、警察に捜索願いを出しても、どこに消えたのか、その手がかりさえ 見つからない有様なのです。
「真理ちゃん、この絵は何を描いたの…」
恵子さんは、青冷めた顔で尋ねました。
「これはね、お家の人達を描いたの」
と真理ちゃんが、無邪気にそう答えました。そしてまた夢中でクレヨンを動かし始めました。
見れば、真理ちゃんの言う通り、その絵には彼女の家族が描かれています。お父さん、お母さん、真理ちゃん、その3人がリビングのテーブルを囲んで食事をするシーンが描かれています。これはどの家庭でも見られるような一家団欒の平和な風景であります。けれども恵子さんが今、驚愕の眼差しを注いでいるのは、その平和な風景ではありません。背景の窓ガラスなのです。 窓ガラスの向こう側は、ちょうど裏庭になっているのですが、その窓ガラス越しに外から家の中をじっと覗いてる人がいます。そして、その人の顔は、どういうわけか真っ赤です。
「これは、誰なの…」
と恵子さんが問いかけます。すると真理ちゃんは、
「これはね、」
と、クレヨンの手を休め、ふと顔を上げて、
「これはね、私のお姉ちゃんなの」
「だってお姉ちゃんは消えちゃったんじゃないの?」
と恵子さんが聞くと、真理ちゃんは首を横に振り、
「消えてないよ。お姉ちゃんはね、毎日、お庭から会いに来るよ」
その日のうちに、真理ちゃんのお母さんは、警察に連行されました。容疑は、死体遺棄。警察の取り調べによって、明らかになったことは、お母さんは、真理ちゃんのお姉ちゃんを日頃より虐待していたそうです。心の未熟なお母さんは、生活の疲労から生じたイライラを彼女にぶつけて、しかもそれがだんだん高じて、ついに蹴ったり殴ったりの虐待にまで発展、それでも飽き足らず、ある日、熱く煮えたぎったヤカンの熱湯を頭からぶっかけ、とうとう、お姉ちゃんを殺してしまったのです。そして、その始末に困ったお母さんは、全身真っ赤に焼けたお姉ちゃんの遺体を、グルグルと毛布に包んで、裏庭の片隅に掘った穴へ埋め、その上にしっかり土をかぶせて、それからまた何事もなかったように元の生活を続けていたそうです。
「稲川さん、」と一通り話を語ると恵子さんが言いました。
「私の働いている幼稚園では、こんな不幸な事件が起こったんですよ。痛かったろうね。熱かったろうね。つらかったろうね」
力なく呟いていました。