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私利私欲文体シャッフル〈作品編〉
先日募集しました私利私欲非公式文体シャッフル!たくさんのご参加ありがとうございました。作品を読み、以下のフォームへご回答ください。
【参加者(敬称略)】
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eagle-yuki
eiansakashiba
fireflyer
konumatakaki
Mtkani_666
roneatosu
rokurouru
tateito
sansyo-do-zansyo
【エントリー作品】
(No.1)
彼女の吐く白い息は、いつも私のより遠くまで残った。
「着いてこなくたっていいのに。」
そう言って彼女はアメスピを揉み消す。私が応えずにいる間に、彼女は2本目に火をつけた。
「先に戻ってなよ。」
気まずさと、少しの当てつけが滲んだ言葉に笑ってしまう。
「私が居ると吸いづらいですか?」
「いや、まあ……寒いでしょ。」
彼女は煙を吐く度、律儀に顔を背ける。だから、私が彼女に合わせて白い息を出しているのにも気付かない。煙と息は同じ方へ漂い、混じり合ったように見えた。
「そんなに言うなら1本下さいよ。」
「やだよお。もったいない。」
思わず吹き出した。
「こういうのを断る時って、健康を気遣うのが普通では?」
彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「はあ? だって君も吸うじゃん。」
沈黙。私は彼女を見つめ、口を開けたが、暫く固まった。
「あー、いや、違います。」
「⸺え、隠してたの? でも、そりゃ匂いするし。分かるよ。」
「いや、いや、違うんですよ。貴女みたいなのと一緒にしないで下さい。」
余計な煽りを挟んでしまう程度には焦っていた私は、またも口を滑らしてしまう。
「一昨日初めて買ったんです。黄色のアメスピ。」
また沈黙。しかし、今度は彼女が私を見つめる番だった。
「……やめときなよ。健康に悪いしね。」
顔が熱い。私はせめてそれを気取られないよう俯いたけれど、彼女の視線を感じた。
「ついでに喫煙所ウケも悪い。わざわざ選ぶ理由なんて無いと言っていい。」「⸺じゃあ、なんで吸い始めたんです?」
彼女は灰を落とし、煙を吸い込んでから、顔を背けた。
「……覚えてないねえ。今は、味が好きだからかな。」
吐き出された煙はしつこく消えないまま、私から離れていった。
(No.2)
画面に映るあの人は、いつも輝いて見える。
今回の配信はホラーゲームなのでカメラの映像の明度を下げておく。声も高音成分を少し下げておいて。でも悲鳴は人気なのでそこに影響はないようにする。
隣の部屋からの声と、そこからワンテンポ遅れてヘッドフォン越しに聞こえる声。もう慣れたものだ。配信のコメントの中でちょっとまずいと思ったものを通報。
『もーやだ!今日は終わる!』
いつものことなので、訓練されているコメントは別れの言葉を告げる。配信終了。今日のアクセス人数は毎回この時間帯にやっているものにしては多めだ。やはり新作は伸びるな。
「しょーうねん!」
扉に吊り下げていた作業中の看板が見られないのはいつものことだ。
「まだ作業中です」
急いで保存ボタンを押す。まだやることは多いのだが、お姉さんと関わると時間がいくらあっても足りなくなる。
「クソコメあったでしょ」
「ありましたね」
「我慢したけど苛ついたから、またちょっと構って」
構って、の一言で済ませる事ができないぐらいのことをしておいて、それでまだ僕が素直に手伝っていると思っているお姉さんは心底嫌いだ。
「……わかりました」
拒否権はない。あの声とあの視線に逆らえる人間が正直どれだけいるかはわからないが、少なくとも僕には無理だ。
「へっへー、これが楽しみで毎日配信してるまであるからね」
僕よりもしっかりとした腕が振るわれるように動いて、投げつけられるように僕はベッドに押し倒される。
背中に走る痛み。呼吸が止まりそうになる。その隙にお姉さんは僕のお腹に手の付け根をぐりぐりと押し付けて、まだ残っていた僕のちょっとした反抗心すらすり潰した。
(No.3)
「ルーティ、おいで。ブラッシングするよ」
私は実家でペットの犬、ルーティの世話をしている。ルーティの犬種はペキニーズ、古くは中国宮廷でのみ飼われてきたともされる血統正しき品種だ。あまり大きく成長しない愛玩犬で、絹のような長く柔らかい毛質が特徴的。それが可愛らしくまた美しい。ルーティは全身白い毛で覆われており、暑さに弱いため暖房も最低限にしている。
「ワフ、ワフワフ」
「よしよし良い子だ、そのまま動かないで」
ペキニーズは換毛期に抜け毛がとても多くなり、こまめなブラッシングが欠かせない。現に今も床に抜け毛が散らばっている。ブラッシングを怠ると皮膚病になる。
「はい終わり。お疲れ様、ご飯にしよ。今日は暴れなかったし、好きなの選んで良いよ」
ドッグフードを置いている棚を指差すとルーティは私の腕の中から出て、銀色のお盆を咥え小躍りしながら帰ってきた。そして私の目の前で止まりお盆をこちらに差し向けた。
大きな目でルーティは私を見つめる。私もルーティを見る。いや、好きなの選べってのにそこで止まられても困る。まあ犬に日本語が分かるはずもないが、ルーティは何を求めているのだろうか?
ふいに新約聖書に記述された伝承を思い出す。ヘロディアの娘サロメは祝宴での舞踏の褒美として、イエスに洗礼を授けたヨハネの首を盆に乗せたものを求めたという。
そういえばルーティもメスだったが、しかしサロメですら舞踏の褒美だぞ?お前は珍しくブラッシングの時に大人しかっただけだろ。それで聖人の首を要求するのか?
試しに手元にあったゆっくり霊夢クッションをお盆に乗せてみた。ルーティはそれを持ち上げ、晩御飯の支度をする私の母の元へと持っていった。
(No.4)
「うっす!おはよっす先輩!」
扉を開けると、昨日殺した女が立っていた。
……コイツに告られたのは一ヶ月前だったか。特に面識は無かったが、顔も体も良かったからOKした。
それなりの付き合いを経て、俺の部屋で飲みをやった。そこで何を話してたかは覚えてないが、確かコイツが酷ぇ生意気言ってきたから、手元の固い物で適当に殴ったんだ。そしたらコイツが動かなくなって、どうしようもないから死体を浴槽に詰めて寝たんだった。
じゃあなんだ。アレは全部夢か。それともコイツはゾンビか亡霊か?何も言えないでいると、女が口を開く。
「あぁ、実はアタシ悪魔なんすよ。不死身っス」
初めは混乱したが、コイツの言うことは本当だった。
試しに、合意を経て一度。
念の為、翌日もう一度。
ある日、苛ついててつい一度。
首絞めて欲しそうだったから一度。
ムラついたから一度。
「よっす!今日は何観ます?サメのはもう嫌っス!」
……何度殺しても翌朝に死体は消えて、ピンピンしたコイツが訪ねてくる。
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ある夜、クラブで会った女を上手いこと釣れた。そのままホテルまで連れ、情事に及ぶ。盛り上がってきた所で、つい、いつものように、手元の灰皿を女の頭に振り下ろしてしまった。
あ。小さく声が漏れる。こいつは悪魔じゃない。生き返らない。ホテルじゃ誤魔化せない。でも血は止まらなくて。体は動かなくて。
「アタシ、それどうにかできますよ。悪魔なんで。契約必要ですけど」
いつの間にか背後にいたアイツ。なんでもいい。この状況をどうにかしやがれ。
悪魔はニヒッと、八重歯をむき出しにして笑った。
「じゃあ永久契約っス!アタシ、先輩みたいに危機感も倫理観もゆるゆるな人、大好きなんで!」
(No.5)
「夜に朝を描いて見せて」
退屈紛れ、というには無理難題じみた願いをファムファタールが気だるげに呟く。煌びやかな星と漆黒の闇を魅せる天蓋にて、その夢は零れた。
「私はただの宮廷道化師。お気に召さなければ、首を切られる他ないのです」
「優れた画家にして文筆家でもあると聞いた。それとも、そんなご立派な肩書は一人の女性の笑顔さえ作れないの? 貴女が普段皆に見せている余裕綽々ぶりが消えてなくなるなら、それでも構わないわ。笑ってあげる」
「まさか。道化はその気にさえなれば何だって作れるのですよ」
言葉が終わった途端に青含みの黒の中に赤が、橙が、そして黄金が重ね合うように広がった。夜空に滴り落ちるペントゥーレが億劫な暗がりに花を野を描く。静なる暗闇を裂こうと侵す淡い光は炎のようで、瞬く間に月を熱した。むき出しの月の表面を照らさんとするは太陽だ。
「ご気分は?」
「煽っておられるつもり?」
太陽が月を包み焼こうとすれば、月は熱を飲み込まんとし火傷する。斑点のような焼け焦げがキャンバスを彩り、絵画の深みと美しさを増していった。絢爛な息吹が吹き抜け、濡れた色を染みつかせる。
「ちゃんと見てください。貴女のために描いたんですから」
「……悪い女(ひと)」
日が全てを震わした。夜をかき消すのではない、狂いそうな程に艶やかな混沌へと混ざるのだ。光も闇も境界線も無く、二つの時に二つの光が昇る。
昂った果ての嗚咽が感想の代わりとなり、天蓋のちらつきに液が光った。
(No.6)
「一人で死ぬのかい?」
僕の問いかけに君は振り向いた。
夕暮、教室にいるのは二人だけ。そこそこ彷徨った末、漸く逢えた人物が君だった。君は緑の髪飾りを光らせて、僕の方を見ずに答える。
「誰かに恨まれて死にたかったんだよね。ずっと。」
言葉が口から滑り落ちそうになって、咄嗟に堪えた。
「あの女子を殺したのも、そうなの?」と。
あの日、クラスの人気者だった肉塊と君の姿がそこにはあった。千切られた臓物を持った君は無表情で虚空を見つめていて、先生やら警察やらが招集される事になって。最近の社会は随分よく出来ていて、罪と罰の廻りは早い。
なのに、それよりも更に早く世界は滅びてしまった。人は死んで、雑念と横暴は飛び交って、罪も罰も一瞬にして朽ち果てた。君が許せなかった物。僕に言って欲しい事。本当は全部、何となく分かっていた。
だから。
「君はこの世界で、一番死んだ方がいい奴だと思う。」
言葉を響かせた。緩やかに、力強く。
それは恐らく紛れもない事実であって、その実只の小さな勘違いだった。でも、僕は君に言ってあげたかった。あの日血に染まった君の虹彩が、酷く悲しそうだったから。倫理や社会の衣を脱いだ先に待つ君に、一弁の花を贈りたくなったから。
君は「そう」と微かに笑っていた。
暫くして隣のクラスに寄った時、そこには腐臭すらしないあの日の死体と一枚の紙が置いてあった。それは遺書だった。読めば、この女子は僕のいじめによって自殺した事になってるらしい。最後まで貫かれたその姿勢に、少しだけ笑う。
紙の側には、緑の髪飾りが添えられていた。
(No.7)
僕の家に見知らぬ人がいた。ブラとパンツしか着ていない褐色…というよりかは赤い肌。可愛いし美しいし、異性経験がない高校生が感想を語るにはこれ以上の語彙なんて持っていない。
「おはよ、ご飯作ったから食べて!」
「は、ハイ」
寝ぼけた頭を整理する。家族は僕を置いて出かけており、昨日友達や部活仲間を僕の部屋に上げた記憶はない。家にいるのは僕だけのはずだ。お姉さんはエプロンなんかつけずに料理をテーブルに並べる。
「えっと、誰ですか」
「嫌だあ、ずっとこの家にいる妖精さんよ」
「ずっとこの家にいるならどうして急に現れたんですか」
「今日家に君しかいないじゃん?遊ぼうと思って」
お姉さんは鈍感な高校生でも分かるくらい、僕が本気になる事を本気で願っていた。料理は思考が逸る脳でも味が分かるくらいしょっぱい。
「遊ぶっていうのは」
「相手に襲わせるのが私って女の戦い方なわけ。だからそれ以上はっきり言うなら、来て…?」
顔が熱い、底なしの煩悩が心臓みたいに脈打っている。しょっぱい喉に流し込む水分を求めるようにお姉さんに手を伸ばす。熱を持った指先で深紅の肌に触れた瞬間、なけなしの理性で
「み、未成年なので…」
と力なくお姉さんをヘナチョコに突き放した。逆によろめく僕を見てお姉さんは
「そうだよね、今時未成年が法律犯すのがカッコイイって時代じゃないよね。あはは…!」
と爆笑しており、そこからは気絶するように寝ていたため覚えていない。それから僕はお姉さんに出会うことはなかった。誰だったのか何だったのか分からない。ただ、酒好きな両親が大事にしていた秘蔵のワインが消え、無実の罪を着せられた事と関係あるかもしれないというのは思っている。
(No.8)
私が展示用の絵画を仕上げた時に、その内の1つである淑女の絵が独りでに話し始めた。
「貴方が私の執事の方かしら?初めまして」
「執事ではありませんが、似たようなものです」
「そうなのですね。それでは日傘をくださいな。真っ白でとても眩しいの」
彼女がそう言うので、私は日傘と影を描いた。展示用の絵は別で描いて、この絵はアトリエに飾ろうと思った。
絵画が売れないことに悩んでいたある日、淑女は話し始めた。
「喉が渇いたわ、暖かい紅茶が欲しいの」
「良いでしょう。少し待ってくださいね」
お望み通り、ティーカップと湯気を足してやった。テーブルは豪華に仕上げた。画廊に飾るものよりどれよりも良い出来だった。
アトリエを売ろうと思っていたある日、また淑女は話し始めた。
「ねえ、私は絵の中に居るのでしょう?陽射しに当たらないためなのはわかっているけれど、ここは薄暗くて気味が悪いわ」
「それは失礼致しました。お嬢様」
「ねえ、星を描いて欲しいわ。味気ないもの」
彼女が言った通り、カバーを紺色に染めた後、金色の絵の具で彩った。
「この中は寂しいわ。貴方もここで暮らさない?」
「それは少し難しいのです。お嬢様。ただ……出来なくはないでしょう」
「では、やってみせなさい。貴方なら出来るでしょう」
最後に絵を見せて欲しいという男性がそのアトリエを訪れた時、所有者の男性はどこにも居なかった。その代わりに老人と淑女がお茶を楽しむ絵だけが、部屋の中央で星空のようなカバーの中に飾られていた。老人は痩せこけていたが、飛び切りの笑顔だったそうだ。
(No.9)
"ねぇ、ちょっくら私と出かけない?"
そう誘いをかけるのは、つい先月に出来た僕の彼女。笑顔が眩しく、気遣いもできる、僕なんかには勿体無い自慢の彼女。
そんな非の打ち所がないかのように見える彼女にも、一つ欠点がある。
"うっわ、メンヘラ野郎から鬼電かかってきた"
それは、男癖が非常に悪いということだ。
"ちょい待ってね、すぐ終わるから"
彼女はポチポチと画面をタップしている。大方、発狂した相手を宥めているんだろう。
僕と彼女の関係はきっと、そんなに綺麗なものではない。彼女の中では、僕も沢山いる彼氏の1人。そこに唯一性なんてものは存在しない。
そんな状況を許容しているのは、ひとえに––––
"お待たせ! それじゃ、どこに行こうか?"
この笑顔に魅せられたからだろう。
茜色の空。
家を出て、僕達は海までドライブデートと洒落込んでいた。
この時間帯は道が空いており、移動にストレスがなくて良い。彼女は窓から過ぎ去っていく景色を眺めている。夕日が差し込み、彼女を彩る。とても、綺麗だ。
"到着! ねね、海がキラキラしててすごい綺麗だよ!"
彼女の言う通り、海は光を浴びて幻想的な輝きを放っている。気に入ってくれたようで何よりだ。
"折角だし、一緒に砂浜を散歩しない?"
手を繋いでくる彼女。ふにっとしていて、柔い手だ。
"あのさ、私と付き合って、その、幸せ?"
勿論と答える。
"そっか…… 嬉しいな"
はにかむ彼女。
"君は、私の側から離れないでね"
握った手に力が込められる。
ああ、本当に。
僕にはこの愛を壊す度胸がない。
捻じ曲がった純粋さに悪意は感じない。
それでも、やはり彼女は悪い人だ。
砂浜に残した僕達の足跡は波に攫われて消えていった。
(No.10)
彼女は、今日は所謂そういう気分です……と伝える際、「ヤりたいけど気分は乗るか?」と僕に聞いてくる。配慮はあるのに風情がない。そのうえ常に衝動で情事を始めようとするので、彼女とそういうことを致すときは着衣が常になっていた。彼女の頭脳は驚くほど単純だ。思考のすべてが表情に出て、態度に出て、言葉に出る。隠すこと、疑うことを知らず、簡単に騙される。僕はそれが酷く煩わしかった。独占欲だ。転がすと楽しいおもちゃが、他人にベタベタ触られていたら気分が良くない、というのと同じ感情。
僕は今夜、彼女を襲う。身ぐるみを剥いで捩じ伏せる。昼間、知らない男に適当な嘘で騙されているのを見て腹が立ったのだ。彼女を弄ぶのは僕の特権であることを実感したい。
アイスを手土産に彼女のアパートへ押しかける。彼女は二つ返事で行為を了承した。「今日は裸がいいなあ、脱がせていい?」と囁くと彼女は興奮に喉を鳴らして、「お前のは私が脱がせる」と僕の大腿に触れる。視線が交錯する。彼女は和服派だから、帯を解くのにもたついた。やがて露わになった小さな身体を見て、僕は言葉を失う。女性の裸特有の美しさ、に加えて。
背中と胸に刺青があった。
それも和彫りというのだろう、任侠映画でしか見ない誂え。背中には女郎蜘蛛と桜。胸には蜘蛛の巣に桜の花弁が掛かる図。あの童女めいた身体に、こんな——
彼女は驚く僕を見て、喉を鳴らして笑う。
「これを見たのはお前が初めてだよ」
普段の彼女の愚直さと素直さからは、想像もできないほど。化け猫のような笑顔だった。
「悪い女のほうが唆るだろ」
底があけすけなのは、見せられていた底だったからか。