鯨井あめ
100%趣味で書いている掌編をまとめたものです。
新刊&雑誌掲載のお知らせ+αです。
こんにちは、鯨井あめです。 作品を固定記事で紹介することにしました。 寄稿情報については、サイトで読めるもの・聴けるものを中心に載せています(一部例外もあります)。 単著『晴れ、時々くらげを呼ぶ』(講談社) 第14回小説現代長編新人賞を戴いたデビュー作。 本が嫌いなのに本を読んでいる高校生の主人公・越前亨と、雨乞いならぬクラゲ乞いをしている後輩・小崎優子の物語。 しらさや尚さんに冒頭をコミカライズしていただきました。 たくさんの書評をいただき、入試やテキス
土曜の午後五時。暗雲の下。雨と霧に覆われた街。雨水はアスファルトを叩き、薄らと溜まり、緩やかに流れる。 気怠く続く鈍色の時間。 朝方に降りだした雨が止む気配はなかった。昨晩の冷え込みが冬の空気を連れてきて、夕方になっても停留している。コンビニのアーチ型のポールに腰かけて、雨宿りがてら、軒先からぼんやりと幹線道路を眺める。 車通りは少ない。人通りもない。俺だって、バイトのシフトが急遽入らなければ、外出するつもりはなかった。 秋の暮になると、このあたりには霧が出る。
こんにちは。鯨井あめです。 季節外れの気温が続きますが、空の様子はだんだん秋めいてきましたね。 皆さまいかがお過ごしでしょうか。 さて、本日は新刊のお知らせです。 単行本『白紙を歩く』刊行 単行本『白紙を歩く』が、本日刊行となりました。 全国の書店に順次並びます。 早いところでは、昨日から並んでいるかもです。 ふたりの主人公を柔らかいタッチで描いてくださった装画は丹地陽子さん(X、Instagram)、統一感のある色使いが目を引く装幀は上原愛美さん(b
友達が月に引っ越したので、新居を訪ねることにした。 住所は簡単だ。緯度経度いずれもちょうど0度の、アペニン山脈の南に広がる平野の上。東には静かの海が、西には嵐の大洋が広がる安息地だ。 家はログハウスの平屋建て。RC造にしなよと助言したが、木の香りを感じていたいのだと返された。月にまで来て木の匂いか……と思ったがしかし、月面にぽつんと建つログハウスは、なかなか風流に見える。 月面は遮るものが少なく、空気も澄んでいる。遠くから近づく私に気づいたらしい、窓を開けた友達が大き
空に巨大な通気口がある。生まれたときからある。 小学生のころ、「あれって、ずっとあるらしいぜ」と幼なじみが告げた。彼は続けて、「でも、ずっとって、いつからあるんだろうな?」。そこで初めて、僕にも疑問が芽生えた。 両親に尋ねたところ、「ずっとあるね」。祖父母に尋ねたところ、「ずっとあるよ」。祖父母はその祖父母に同様の質問をしたことがあるらしく、返答は「ずっとあるな」だったらしい。 通気口は、北の空、黄道を避けて存在している。横に長い長方形の穴で、大きな金属製の柵が嵌っ
私の恋人はハレー彗星だ。おそらく私は、地球で最も遠い遠距離恋愛をしている。遠距離恋愛マスターとでも呼んでほしい。でも私の遠距離恋愛は、そんじょそこらの遠距離恋愛とは違うので、アドバイスとかは求めないでほしい。 1986年の2月、私は、彼あるいは彼女と出会った。 当時私は7歳で、「いいものを見せてあげるからね」と両親に言われて車に乗せられ、山奥の山奥のさらに山奥に建つコテージと広場に連行された。 後部座席でほとんど眠っていた私は、父親に揺り起こされてコテージに移り、ふ
厳かながら、腹の底が落ち着かない浮ついた空気のなか、期待と緊張が高まり、とうとう教会のドアが開かれ、ウェディングドレスの君が現れた。 君は堪えきれず頬を緩ませ、照れを隠すように下を向きながら、一歩、一歩と進む。 波が緩やかに重なるドレスの裾が引きずられ、透けた細やかなヴェールが揺れ、きらりきらりと耳元のピアスが光る。 伏せ気味の長い睫毛に、紅を引いた唇、染まった頬。 純白のドレスをまとった君は、世界でいちばん美しかった。 これほど美しいものが、この世にあるのかと
梅雨の季節でした。 相も変わらず、雨が降っていました。 世界は雨水の匂いで埋め尽くされています。 街外れ。川沿いに伸びた、車がやっとすれ違えるような狭い道。雨にぬれて色濃くなったアスファルト。その道の片脇に、紫陽花が咲き誇っています。 その紫陽花の根元の陰で、雨蛙が一匹、葉と葉の隙間から、雨降る景色を眺めていました。 そこに、一匹の紋白蝶が入ってきました。 「失礼。相席、よろしいかしら?」 「もちろん」雨蛙は快く答えました。「わたくしも、雨宿りの途中でございます
長らく東京で足掻いていたが、役者として芽が出ず、コロナ禍のダメージが癒えぬまま所属していた劇団が解散を迎えたところで潮時を感じ、地元に戻って家業を継ぐことにした。 うちは酒屋をしている。しかし幼い頃は「子供がお酒に近寄っちゃダメ」「間違えて飲んだらどうするの」と親に遠ざけられ、成人後も酒を嗜むような金銭的余裕・時間的余裕がなかったため、俺には商品に対する知識がとにかくない。 両親は、俺の帰省を喜んでくれた。酒のことも経営のことも一からゆっくり学べばいいと慰めてくれたが、
こんにちは。暑い日が続きますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。鯨井あめです。 今年は元旦から何かと地震の多い年ですが、否応なく日々は続きますね。備えをして、防災意識を高めつつ、リラックスして過ごしましょうね。 さて、本日は新刊のお知らせです。 文庫本『きらめきを落としても』刊行 短編集『きらめきを落としても』の文庫本が、本日発売となりました。 順次全国の書店に並ぶと思われます。 素敵な装画は単行本に引き続き与さん、装幀は岡本歌織(next door d
仕事から帰ると、マンションのドアの前に蟻がいた。俺が今朝、踏み潰した蟻だ。何をしているのかと眺めていたら、そいつは壁の凹凸を攀じ登り、インターフォンのボタンの上にたどり着いた。しかし小さな体が乗ったところで、ベルはうんともすんとも言わない。 「俺の家に用ですか」 尋ねると、「あ!」と、そこで初めて俺に気がついたようだった。「これ、鳴らしたくて」 代わりにボタンを押してやったら、ピンポーンとドアの向こうからくぐもった音がした。俺は一人暮らしなので、誰も出てこない。 「あり
おばあちゃんの左手は海だった。そのことを、わたしはずっと前から知っていた。 毎年お盆になると、父の運転する車でおばあちゃんの家へ向かう。年に一度の再会に喜び、わたしの頭を撫でるおばあちゃんの左手は、透明な青色の海だ。まるで空間に手形の穴が空いているように、そこだけが海なのだ。 「きれいな手だね」 「これは、どこかの海なの。左手でもあるし、海でもあるのよ」 たぶん、浅い海だった。差し込んだ太陽光が、白砂の海底を照らしてきらきら揺れていた。小さな岩礁が見切れていた。左手を
こんにちは、鯨井あめです。 夏の始まりのような暑い日々が続きますが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。 本日は新刊のお知らせです。 単行本『沙を噛め、肺魚』発売 5/29に、単行本『沙を噛め、肺魚』が発売されました。 幻想的なイラストを描いてくださったのは風海さん(X)、目を惹く装幀は岡本歌織(next door design)さんです。白い沙に覆われた世界を表現してくださいました。 帯の下と裏表紙もとっても素敵なので、お手に取っていただければ嬉しいです。
書籍のお知らせをするためのアカウントで、初めてそれ以外の記事を投稿をすることになりました、鯨井です。皆さまいかがお過ごしでしょうか。 絶賛公開中の映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』、めちゃくちゃ面白いですね。 公開日当日、「鬼太郎でホラーミステリーのバディものをするらしい。これは楽しみだ」と意気揚々と映画館へ行き、衝撃を受けて帰路につきました。以来、折に触れて考えてしまい、追加で2回観て、改めてすごい作品だなぁと感じた次第です。 私は『ゲゲゲの鬼太郎』6期と『墓場鬼太郎
こんにちは。鯨井あめです。 久々の更新になりました。およそ1年ぶりです。昨年の夏に『きらめきを落としても』の刊行をお知らせしてから、暑さが和らいで、葉が散って、雪が融けて、桜が舞って、梅雨でした。あっという間ですね。 さて、本日は文庫本のお知らせです。 文庫本『アイアムマイヒーロー!』刊行 6/15に、文庫本『アイアムマイヒーロー!』が刊行となりました。 表紙のかっこいいイラストはあすぱらさん、ぐっと目を引くデザインは岡本歌織(next door design
こんにちは。鯨井あめです。 出ていった梅雨が帰ってきて、また出ていきました。通学路で体操服を忘れたことを思い出して、ダッシュで引き返してきた小学生みたいです。 気が付けば八月も目前。いよいよ夏ですね。コロナに気を付けつつ、熱中症に気を付けつつ、食中毒に気を付けつつ……皆様ご自愛くださいませ。 さて。 本日は、新刊のお知らせです。 短編集『きらめきを落としても』刊行 7/27に、短編集『きらめきを落としても』が刊行となりました。 繊細かつ美しい線で表紙を描