離婚版ゼクシィ
**第一話:「ゼクシィ、あれの巻」**
陽子(ようこ)は、駅前のコンビニで雑誌を立ち読みしていた。隣の棚でキラキラ輝く『ゼクシィ』最新号を一瞥するが、心のどこかでため息が漏れる。「ああ、結婚か…」そんな感慨もつかの間、ふと目に飛び込んできたのは、見慣れない表紙の雑誌。
『離婚版ゼクシィ - 再出発のススメ』
「…え?」思わず目をこすった。なんとその隣には、ブルーのカバーで装丁された『離婚計画特集』と書かれた冊子が、堂々と並んでいるではないか。
「こんな時代が来たのね」と呟く陽子は、ここ数年、夫の直人(なおと)とレスが続き、なんとなく家の空気が重苦しく感じていた。もはや「おはよう」「いってきます」「おやすみ」の三言が、二人のコミュニケーションの全てだ。
「こんな雑誌があるなら、いっそ参考にしてみようかしら?」陽子は半ば冗談で、けれど少しだけ本気で、レジに持って行くことにした。
家に帰り、誰にも見られないように部屋でこっそり開くと、「初めての離婚、ダンドリチェック」「夫に悟られず別居に持ち込む秘訣」など、盛りだくさんの特集がずらり。まるで、結婚情報誌をそのままひっくり返したかのような充実っぷり。
特に目を引いたのは、「今すぐにでも離婚したいあなたへ」というページ。シンプルな質問リストに答えると、離婚に向いているかどうか診断できるというのだ。
陽子は軽い気持ちで答え始めた。
「パートナーと一緒にいて、心が温かくなることはありますか?」→「うーん、最近はないかも…」
「二人で共有している楽しみがありますか?」→「うーん…週末はお互い別の部屋で過ごしてるしなあ」
…一つ一つ答えていくうちに、陽子は気づかないうちに力が抜け、診断結果の文字がぼやけて見え始めた。
「あなたの結果は、今すぐ...」
**第二話:「離婚準備講座、はじまる」**
翌日、陽子はぼんやりと「離婚版ゼクシィ」を抱えたまま、部屋の隅で呆然と座っていた。
ページをめくると、「離婚準備講座」という特集が目に入る。講師は、離婚カウンセラー歴20年のベテランで「夫婦関係の墓掘り名人」とまで称される重田先生だ。重田先生の得意技は、夫に気づかれずにスムーズに離婚まで持ち込むテクニック。
「第一講義:家族にバレないための情報管理術」
ページには、家計簿をスマホではなく、紙のノートに書き溜める方法や、ネット検索の履歴をこまめに削除するテクニックがズラリ。「ネット検索の履歴って…そんな大げさな?」と思いつつ、陽子は無意識にスマホを手に取り、「どうやって検索履歴消すんだっけ」と確認している自分に気づいた。
「まさか、ここまで本気になるとは…」
ページをめくる手が止まらなくなっていた。夫の直人とは確かに会話が減ったし、お互いの顔をまともに見たのはいつだったかさえ覚えていない。それでも、実際に離婚を考え始めるなんて現実的には感じられなかった。
だが、そこに載っていた「コッソリ離婚準備リスト」を読み進めるうちに、「もしも…」の想像が現実味を帯び始めたのだ。
「第二講義:心の準備と覚悟を決める3ステップ」
陽子は少し緊張しながらページを進める。そこには、「結婚時の幸せな記憶を振り返り、感謝の気持ちを持ちましょう」と書かれていた。まるで、この決断がただのネガティブな行動ではなく、次へのステップだと背中を押すように。
次のページには、やけにポップなイラストで、夫の影を薄くしていく「フェードアウトテクニック」が紹介されていた。
「へぇ、いきなり冷たくしなくても、少しずつ会話を減らすだけで効果が出るんだって。さすが離婚カウンセラー歴20年…」陽子は呆れるやら感心するやらで、笑いが止まらなかった。
そして最後に、「夫にバレずに一人時間を作る方法」が解説されているページがあった。そこには、「仕事帰りにカフェに寄り、静かに自分と向き合う」「美容院やジムで自分磨きに集中」など、ただの息抜きの提案も混ざっている。
陽子はふと我に返った。「もしかして、私は本当はただ一人の時間が欲しかっただけなのかも?」
離婚に向かうのか、気持ちを整えるための自分探しなのか。陽子の心は少し揺れていた。
**第三話:「不意打ちのカミングアウト」**
陽子は「離婚版ゼクシィ」のアドバイスに従い、一人時間を確保するためにカフェに通うようになっていた。小さな息抜きの時間が増えるたびに、自分の気持ちが少しずつ整理されていくのを感じていた。けれど、同時に胸の奥に残る疑問は消えないままだった。
ある日、陽子はいつものカフェでノートに気持ちを書き留めていた。ふと店内を見回すと、ドアが開き、見慣れた背中が視界に入った。直人だ。珍しく、スーツ姿で緊張した表情を浮かべている。
「何でこんなところに…?」と疑問に思っていると、直人が誰かを待っている様子が見えた。そして、彼の前に若い女性が座り、一言二言話し始めた。
陽子の胸は一気に高鳴り、頭の中で警報が鳴り響く。「まさか、浮気…?」
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