結局、わたしが幸せだってみんなに知ってほしいだけだった
結婚して約1年。
「子どもはどうするの?」
「〇歳までには産みたいよね?」
何気なく聞かれることがある。
これらの言葉に対して、特別嫌だとか非常識だとかは思わない。
たぶん相手としては、わたしのことを思って言ってくれてる言葉だと思うから。
自分の経験から、ほんとにそう思って言ってくれてると思うから。
そのたびにわたしは
「うーん、そうですねえ…」と、
煮え切らない、肯定も否定もしないような曖昧な返事をしている。
それは、
今のところわたしたち夫婦が、子どもを持たない方向で人生を進めているからだ。
理由はひとつではない。
でも、そこに対して確固たる信念があるわけではないから、その考えは揺らぐこともよくある。
友だちの妊娠、出産の報告。
街で見かける妊婦さん。
公園で楽しそうに遊ぶ、小さな子どもたち。
もちろん、全てが目に見えるものばかりじゃないから、見えない部分での苦労や苦悩もあるのだろうけれど。
単純に、何かいいなぁ、と思うときがある。
そんなとき、
ほんとうにこの道でいいの?と、
わたしは自分に聞きたくなる。
そして、想像してみる。
もし、今、自分のお腹に赤ちゃんがいるとわかったとしたらどんな気持ちだろう。
できる限り、現実的に想像してみる。
そうして、はじめに感じたのは
自分のまわりがぱぁーっと明るくなって、
まろやかな温かいピンク色の空気が纏っているような、
そんな感覚だった。
この何とも言えない、ほんわかした感覚は何だろう。
わたしはもしかして、心の奥底では子どもを持つということをを望んでいるのか。
でも、心から「わたし子ども欲しいんです」と言えない自分もいる。
少なくとも、ほんのりと憧れのようなものは抱いていることはわかった。
もっと深く自分の心の奥の奥を探ってみようと思った。
わたしは子どもが産みたいの?
だとしたら、どうして産みたいの?
子どもが好きだから?
子育てがしてみたいから?
みんな産んでるから?
親を喜ばせたいから?
だんなさんがパパになる姿を見たいから?
(うん、それはちょっと見たいかも)
…………うーん、でも、どれもわたしがほんとうに思ってることじゃないような気がする。
わたしはどうして、いま子どもを持たないという道を選択をしているのにも関わらず、
【妊娠】【出産】に対して、ほんのりとした憧れを抱いているのだろう。
きれいごとじゃなく、
わたしが心の奥の奥の底で思っていることを、
掘り起こしてみた。
そして、
やっと出た、自分の心に嘘のない答えは、
【わたしが幸せだということを、周りのみんなに知ってほしいから】
だった。
何だか恥ずかしかった。
自分がこんなこと考えていたなんて。
自分が幸せなら、それでいいのに。
それをなぜ周りにわからせる必要がなんてないのに。
すごくダサいな、わたし、と思った。
【妊娠】【出産】というできごとで、
周りのみんなに「あなたは幸せだね」って
言ってほしい、思ってほしい、わかってほしい。
そういう気持ちがあったのだ。
つまり、【妊娠】【出産】を
幸せだと証明するための手段として考えていたのかもしれない。
自分の考えてもみなかった思いに気付いて、
自分自身にがっかりした。
わたしは、自分自身の幸せを、他人からどう思われるのかで決めようとしていたんだ…。
だけど、この思いに気づけたことで、
【妊娠】【出産】にほんのりと抱いていた憧れの理由がわかった。
わたしはただ、幸せに生きているということを証明したかっただけなんだ。
そもそも証明する必要なんてないし、見せびらかす必要もない。
【妊娠】【出産】にこだわる必要だってない。
ただ自分が幸せだって思えればそれでいいのだから。
そうか、わたしは、
ただ、幸せに生きていきたいだけなんだ。
それがわかったら、やっと、
産むも産まないもどちらでもいいなと思えた。
もやもやとした、正体不明の心の揺らぎはなくなった。
どっちを選んでも、
結局、わたしが今、幸せなことに変わりはないなと気付いたから。
それだけはこれからも忘れたくないと思った。