新江ノ島水族館に泊まった時の話
2018年に新江ノ島水族館で行われていた「クラゲヒーリングナイト」というお泊まりイベントに参加した時の話をしようと思う。
これは女性限定のイベントで、閉館後の消灯された館内を巡り、水槽の前で夕食を食べ、クラゲコーナーの飼育員さんの話を聞き、そして水槽のそばで寝て起きて最高の気分になりましょうという夢みたいなイベントだった。
江ノ水では例のウイルスが大流行する前まで定期的にこうしたお泊まりイベントが催行されていたのだ。(家族向け、カップル向けもあった)
今後の復活を祈りつつ、自慢と備忘録として当時のことを記したい。
クラゲヒーリングナイトの開催は、9月の土日だった。2日分の入場料が料金に含まれていたので、イベント開始は閉館後からだが、その前に通常の時間の江ノ水を楽しむこともできた。
地元が関西で、この年から横浜在住となった私が江ノ水に来たのはこの日が初めてだった。
フィルムでも少し撮影した。
クラゲのいる水槽は明るめで、ISO400のフィルムでまあまあ明瞭に映った。
もう少し館内を散策。
17時過ぎからは大水槽の照明が変わって夜らしくなった。
いよいよ閉館となった。
とうとうではなく、いよいよである。
イベントに参加する人達も一度館内から出て、受付の前で待機する。
時間になると、一度閉じられた入口のシャッターが再び開き始めて私達を館内へ迎え入れた。
静かな館内を列になって移動する。
夕食には弁当が用意されていた。会場は大水槽前で、ワイングラスの中に入ったミズクラゲも各テーブルに同席していた。
食後は、館内の更に暗くなっているところを何人かのグループに分かれてスタッフの方に誘導されながら回った。
クラゲコーナーのバックヤードを見学する時間もあった。江ノ水に展示されているクラゲは、採集された個体だけでなく、館内で生まれ育つ個体も多いらしい。
水槽やシャーレの中にポリプ期や幼生期の小さなクラゲがたくさんプカプカしていた。
クラゲ水槽のある部屋では、壁に映像を投影するショーの上映を見たり、記念写真を撮ったり、担当スタッフさんによるお話の時間があったりと、クラゲメインのイベントらしく時間をかけてクラゲを堪能することができた。
クラゲには耳が無いが何らかの音を感じる機能はあるらしく、音によって動きが変わったりするという生態の話や、死んだクラゲを食べ比べてきたというやや狂った飼育員さんの味レビューを聞いたりして楽しかった。毒性の強いクラゲはピリッとするらしい。
いよいよ就寝時間になる。
寝る場所は、クラゲ水槽の部屋か大水槽の前かを選ぶことができた。既にマットレスが配置されており、クジの順で呼ばれた人から好きな場所を指定できるシステムだった。
私はわりと後の方になったのだが、運良く大水槽に一番近い列のマットレスが一つだけぽっかり空いていた。複数人で来ている人が圧倒的に多かったから、エアーポケットと化していた場所に滑り込めたのだ。
良いポジションに収まって静かに喜んでいる私に、隣にいたおばさんが「ラッキーでしたね」とニコニコしながら声をかけてくれて嬉しかった。
ところで、寝具に関しては寝袋の持ち込みが推奨されていたが、私は持ち込まずに挑んだ。
用意されている寝具は写真にあるマットレスのみだが、有料で毛布を借りることもできたので借りた。枕はなかったので、エコバッグに衣類を詰めたものをタオルでくるんで代用した。ここにいる主目的が睡眠というわけではないので十分だ。
寝転んでほんの少し頭を反らすと、暗い水槽の中を泳ぐ魚の群れが、バックヤードから漏れる淡い光を受けて静かにキラキラと光りながら通り過ぎていくのが見えた。明るい時には岩陰にいるウツボも、長い身をくねらせて悠々と泳いでいる。大きな影が通り過ぎたと思えばエイだ。
本当に夜の海の底で寝ているようだった。
水面に近い場所を泳ぐ小さな魚の群れが、月明かりのような電灯に照らされて青銀色の光を反射させ振り撒いていた。
結局まともに寝ることはできず、意識が落ちたり浮上したりを繰り返した。見上げれば魚がいるという感覚を味わえる時間が刻一刻と短くなっていくのが勿体なくて、積極的に目覚めにいっていたような気もするが、最終的には普通に寝ていたため、気付けば朝になっていた。
朝の水槽をしばらく眺めてから、上階の哺乳類メインのフロアで朝食を食べる。スタバのサンドイッチとドリンクが用意されていた。
朝からペンギンがかなり激しい動きを見せており、みんな注目していた。
開館前に解散となり、水族館を出る。
この日も入館できるが、十分楽しんだので帰路につくことにした。この日は台風が接近していたこともあり、外に人影は少なかった。
朝9時の江ノ電の車両には私の他に部活があるらしき男子高校生たちしか乗っておらず、彼らが鎌倉高校前で降りると、車両に私一人だけになった。
この後にも何度か早朝の江ノ電には乗りに行っているが、この日ほど人のいない江ノ電に乗ったことは一度もない。
写真を見返すたびに「幻か何かか?」と思っている。
不思議な夜と、不思議な朝だった。