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新婦からの魔法の言葉
取材を終えて、いざ「インタビュー音源チェック」の時間だ。
「おいおい!なぜ、ここで話を深めなかったんだ?」と、フック&ジャブからのハイキックを自分に打ち込む。これは、インタビューライターであるわたしの日常だ。
自身のインタビューの至らなさに打ちのめされる。肝心なことが聞けてなかったりするもんだから、「時よ戻れ~、タイムリープさせて~」とひとり言。ああ、なんて語彙力が足りないんだ。なんで「なるほどぉ」ばっかり言うんだよ。AI文字起こしが「成歩堂」のオンパレードになるだろ!
5月は、インタビューのお仕事により深く向き合ったように思う。取材相手の素晴らしさに恐れおののき、「書けるのかしらん?」と自分を見限ってしまいそうになった。
(わたしがインタビューの仕事に携わる意味はあるの?)
(実力不相応では……?)
そんなふうに考えると、頭の奥がきゅうっとなる。馴染みの整体師さんに「こめかみ、こってますね」って言われるわけだ。息を切らしながら、言葉に、人に向き合い続けている。
いや、ちょっと、待てよ。そもそも、わたしは何も持っていない初心者ライターだったのだ。できなくて当たり前。下手こいて当然。できることの粒を、一個ずつ積むしかない。
ふと、20代の頃のことを思い出した。
駆け出しのウェディングプランナーだったときのこと。ある30代の新郎新婦さまを担当した。新郎さまは企業家、新婦さまは大企業のチームリーダーをされていた。かたや新入社員の自分。打ち合わせの度に緊張し、胃を痛めていた。
あるとき、打ち合わせのなか、費用の説明をするために書類の数字を指差すと、新婦さまがその指をじっと見て、顔を上げた。
「あゆ里さんの爪、いつも綺麗に整えてますよね。派手すぎなくて、きっと説明の邪魔にならないように意識したネイルなんだなって。わたし、あゆ里さんのそういうところ、素敵だと思う」
顔が真っ赤になった。
ちょっと泣きそうだった。
だって、どんなに努力して知識を詰め込もうとしても、しょせん新入社員なんだもの。身なりを整えることしか、できないんだもの……。そんなわたしの心の内を、新婦さまは気づいていたのか。それはわからない。けれど、わたしの心配りを理解してくれていた。わたしを認めてくれていたんだ。
以来、どんなに忙しくても指先を美しく保つことにこだわり、その爪を見ては気持ちを奮い立たせた。そのたびに新婦さまの言葉を思い出すのだ。
「わたし、あゆ里さんのそういうところ、素敵だと思う」
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インタビューライターになった今も、シンプルなネイルをかかさない。かかすことができないのだ。不安を拭うために必要な魔法だから。
取材が好きだ。取材するたびに胸がときめき、「こんな世界を教えてくれてありがとう」と思って、恩返ししたくて、もう一度パソコンに向かう。
もしかするとわたしは、取材相手をあの新婦さまに重ねているのかもしれない。
できることを、ひとつずつだ。素敵な自分に近づくために。
(記:池田あゆ里)
「1000文字エッセイ」書いてます。
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