2歳児のわたしが口紅をぬった理由
ふと、口紅の減りが遅いことに気づく。
そりゃそうだ。去年から毎日マスクをしているんだから。口紅を使うことが減ったんだ。
でも待って。わたしが一番好きな化粧のアイテムは口紅だ。2歳児のときからその歴史は始まっていた。
おでこのバッテンは口紅(笑)2歳児のわたしはドレッサーの前で口紅を顔にぬりたくっていたらしい。「大笑いしてカメラを探したわ」と母。ちょっと恥ずかしそうにそっぽを向いてるのが、わたしらしいや。
当然こんな小さい頃のことは覚えていないけれど、たぶん、母と同じように鏡の前でお化粧をしたかったんだと思う。母の口紅は宝石みたいにキレイだなと思っていたし、化粧をする母の姿に憧れていた。
鏡の前に立つと、片隅には想像上の女性がいて、その人になりたいと思っていた。とてもきれいな唇の輪郭をしていたから。
・・・・・
それから大学生になり、社交ダンスを始めた。女性の先輩に憧れて「競技ダンス部」に入部したのだ。
社交ダンスはスワロフスキーの付いたキラキラしたドレスで踊る。メイクも特殊なので、一から勉強して自分に映える色を研究した。
ドラッグストアで買った398円の真っ赤な口紅。こんな色をつけたことがなくて、ワクワクした。
でも、口紅をつけた自分を見つめて悲しくなった。口の小さなわたしには、赤の口紅が顔から浮いてみえた。なんだか、タラコみたいだった。
「わたしって、赤い口紅が似合わないんだな…」
そんなふうに感じて落ち込んでいたのだけど、ある日、ビビッときた口紅に出会う。MACのワインレッドの口紅だ。
はじめて買ったブランドの口紅を、自慢げに母へ見せた。
「見て見て!この口紅、買ったんだ」
「え~、ちょっと大人っぽすぎない?」
「そんなことないもん、ほら見て」
慌てて唇に塗ってみせた。
「うーん、普段つけられなさそう」
「……ダンスのときだけだよ」
確かに似合ってなかった。なんというか、ヘビメタルな感じ。
でも、この色が似合うようになりたくて、リップペンシルで輪郭を大きめになぞってみたり、違う口紅と混ぜて少し色味を変えたりして、なんとかその口紅を使うために練習を重ねた。
今のわたしは、この口紅でキレイに輪郭をなぞることができる。無理に大きな輪郭にせず、リップブラシで丁寧に輪郭をたどるのがわたしのやり方だ。
鏡の前でニッと笑ってみる。
あのときの想像上の女性だった。
そっか、あの想像上の人は、今のわたしだったんだ。
「ふふ、口紅、上手にできるようになったね」
子どもの頃の自分に話しかけてみた。
いつかおばあちゃんになったら、2歳の頃みたいにうまく口紅をぬれなくなるのかな。歳を重ねても口紅を毎日つけていたいな。
銀色の髪をした老婦人を想像して、わたしは好きな口紅をぬった。
(記:池田あゆ里)