日曜はマルシェではじまる、アドベント日記
18:05
少し寝坊してマルシェに行ったので人が多く、買い物に時間がかかる。
けれどこちらに来てから列に並んで待つことがそれほど苦ではない。並んでいる人も売る人も、待ち、待たせることをそれほどストレスに感じていないからだろう。人とひととに挟まれながら、人が交わしている言葉や行動や仕草のようなものを見ているのも好きだ。ふふっと微笑むと、会話には入らなくても、その関係性がにじみ広がって、わたしを取り込む。
混んでいるのに通りをおしゃべりしながらゆっくり歩いて渋滞を起こしているひと、サンチームをうまく財布から取り出せないひと、お店にはふたりいるのにひとりしかほとんど働いていなくて、その働いている方は陽気に喋り続けているのでほぼ誰も働いていないに等しいお惣菜屋さん、色んな味のオリーブを買ったのに全部混ぜちゃうスパイス乾物屋さん、いつも味見をさせてくれようとする果物屋さん、根菜だけを売っているひと、静かにハーブだけを売っているひと…
一週間分の食材を買うのでいつも余裕がなく(肩が抜けるほどリュックが重い)、汗だくなので、週二回来て余裕をもって回るようにしたいなと思うのに、結局はまとめて日曜に行くことになる。
ちょっとした惣菜や、あまり食べたことのないチーズを選んだり、時々来るはちみつ屋さんの飴やビールを買ってみたりしたいのだけれど。
氷雨が降っていたので自転車での帰り道が寒かった。
家を温めてから出て正解だった。
家についたら、出かける直前にあがりこんできたカチューシャが出迎えてくれて、締めたドアの前でじっとわたしの目を見る。
もう帰りたいの?と訊くとしっぽをゆらっとさせた。
「また遊びにきてね」と声をかけても、いつも振り返りもせずに階段をとことこ降りていってしまう。
19:07
12月に入ったら「色んな人の日記を読むアドベントカレンダー」のようなものをしてみたかったのだけれど、以前からなんとなく頭から離れない "「その日」が主役である日記 " が集まる場所計画にも繋げられないかと考えていた。(この場所を「みんなの日記」にしたい計画について)
サイトを構築できる技術があればイメージ通りの場所ができそうな気もするのだけれど(本当はフヅクエ時間みたいに世界のあちこちに灯りがともってそれをクリックすると日記を読むことができるようなサイトができたら楽しそうと考えてる)、今の私にはそれを作ったり管理したり、なにより巻き込んだ方々への責任を果たせる気がしないので、Twitterのハッシュタグを使うことにした。
わたしが作ったサイトに文章を預かるよりも、ご自分のブログなどのサイトをリンクしてもらうのが良い。私にとっても無理なくはじめられるからこそ色んな方が気軽に参加でき、気軽に読むこともできる。
12月が終わっても私は続けるつもりなので、アドベントのイベントとしてだけじゃなくてその先もどなたかの「ある一日」を読むことができる…かもしれない。参加者は私しかいないかもしれないけれど。まあ、それでも全然構わない。
フォローしていても直接コミュニケーションをとることのない方がいっぱいいて、でも「いいね」を押さなくてもその生活とか瞬間とかに心が揺れたり立ち止まらされたりご家族の健康に思いを馳せたり、ちいさなものやひとたちの成長が楽しみだったりしている。
今同じ時間を生きている誰かがささやかな瞬間を分けてくれるのがTwitterの楽しいところだと思うけれど、瞬間的な言葉だけじゃなくて、「ある一日」を通してその人の厚みを感じることができたら良いような気がする。
誰かの一日を受け取ることで、自分の一日は自分が経験したもの以上のものにふくらむ。
一冊の本は手のひらの中に収まるし文字数にも限りがあるけれど、いったんそれを開けば無限に広がる世界がそこにある。
Twitterの140文字もそういうものにできたらいいのにな。
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