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南へ

鳴き交わす声の中からクロウタドリを選り分けて聞く。
どの高さ、どのくらい遠くにいるのかで体の周りに立体の地図ができてゆく。
鳴いて答えることができないかわりに、よおく聞くことでからだを広げてゆく。
うちは大きな木がたくさんある公園のそばだ。駅に近づくにつれてさざめく地図から私が抜け出ていくようになる。
クロウタドリがよく鳴いているスポットをいくつか思い浮かべる。
自分の声がよく響く場所をクロウタドリは知っていて、どんな風に、どの方向に鳴けばいいのかの研究を絶えずしている。その姿を見ると、わたしの小さかった小鳥の、まだ歌が上手じゃなくて自信なさげに練習していた時のことを思い出す。

ヒヨドリはきいきいと大きな声を出しなら飛んでいるイメージが強いと思うけれど、美しい歌い手でもある。
飛ぶことはだいぶ上手になった頃、小鳥は外から聞こえてくるヒヨドリたちの声を追いかけて飛ぶようになり、それから耳をすませて歌を真似るようになった。
うちに来たのはまだ嘴が横に広いくらいのまだちっとも飛べなかったくらいの時だし、わたしは30分おきにご飯を上げることはできたけれど飛ぶことや羽根を手入れすることは教えてあげられなかった、それなのになぜか小鳥はそれをいつのまにか上手にやるようになって私は感心した。
まだ巣にいる頃に親がやるのを見ていたからなのか、からだがそう教えているのかわからない。来るべき時が来たら、小鳥はちゃんとそういうことをやりだした。
外のヒヨドリに気づいて欲しくて、最初は自信なさげによれよれと発音していたのに、もごもごやりながらだんだん音程も合ってきて、間違うことも少なくなって、大きな声で鳴くようになった。
ときどき外のヒヨドリはベランダに来て家の中にいる小鳥をじっと見たりすることがあった。
交流したくてやきもきしてその時を待ったはずなのに、いざ大きなヒヨドリを見ると小鳥は黙って固まってしまった。
しばらく見つめあったのちやがて大きなヒヨドリは飛び立ち、小鳥は焦ってその影を追いかけて鳴くけれどもう遅い。
そのあとしばらくは大きく鳴きながら、部屋中をやるせなさそうにぐるぐると飛び回っていた。

まだ真っ暗かと思っていたらそれは空を覆っていた雲で、透かしたらその中に液体を発見するみたいな、宝石の原石のことを思い出した。
雲の向こうには朝が知らぬ間に空けて、待ち構えていたのだった。
青くて深い空が町を染めて、橙色の街灯がずらりと並ぶ。
それとクロウタドリと。

ここにきた時に初めて、日本から離れてよその国にいるんだな、と実感した景色だから、今でもそこに立ち返ってしまう。

朝早い電車で遠くに行くのが好きだ。


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