『Egg〈神経症一族の物語〉』第2部 第十八章
嵐のような二人が去って、オレこと高藤哲治と川上直樹と唐沢隆は、はああっとため息をついた。
「あ~ビビったなあ! 緊張して汗だくだぜ」
と唐沢が汗をぬぐって言った。
「太一さん、大人っぽかったね」
オレはぼんやりと太一さんの容姿を思い浮かべながらつぶやいた。
「兄貴はかっこいいから、昔からモテるんだよ。今度の彼女はまたカワイイ人だったな」
と直樹が言った。
「今度の彼女は……って?」
オレが聞くと、直樹がにやっと笑って答えた。
「うちの兄貴、つきあっている彼女とだいたい3か月くらいで別れちゃうんだ」
「なんで長続きしないんだあ?」
唐沢が不思議そうに聞く。直樹が言った。
「兄貴は『季節が巡ると気持ちが変わる』って言ってる。だから今回の美波さんは夏の彼女なのかな」
「ふわー。モテる男は違うねえ! オレもモテたいなあ」
唐沢が言うと直樹がひじで唐沢をつついた。
「お前は野球をやればいいんだよ。甲子園に行ったらモテモテだぜ!」
「だなあ!」
と、唐沢と直樹が盛り上がっているところに、オレが質問をした。
「あのさ、さっき太一さんが話していたことで、意味がわからないところがあったんだけど……」
二人が振り向いたので、オレは続けた。
「えーと、なんだっけ? 『バイクにまたがるのと同じくらいオレにまたがるのがうまい』って言ってたんだけど、それって美波さんは太一さんに馬になってもらって、上に乗ってるってことだろ? 小さな子供みたいなことをしているなあって思ったんだけど。お前ら意味わかる?」
途端に二人の動きがぴたっと止まった。しばらく間があって、直樹と唐沢がお互いに目配せをした。
「えーとお……、哲治は知らないんだな?」
真剣な顔で唐沢が直樹に向かって言う。直樹も眉をひそめて答えた。
「だな? 教えてやった方がいいのか?」
「なんなんだよ! 教えろよ!」
オレはいらいらして頼んだ。唐沢がオレと直樹を手招きする。二人が唐沢におでこがくっつくくらいに顔を近づけると、唐沢は妙に目をぎらつかせて、小声で話し始めた。
「あのな、太一さんは美波さんとセックスするときの話をしていたんだよ!」
「!! せっ……!」
大声を上げてのけぞったオレの口を、唐沢と直樹が慌ててふさいだ。唐沢が続ける。
「セックスには騎乗位ってのがあってな、女の人が男の人の上に乗っかって動きながらやるんだよ。美波さんのあの大きなおっぱいが目の前でゆさゆさ揺れるのを見ながらさあ! すげえだろうなあ……!」
唐沢がよだれをたらしそうな顔で、下からおっぱいをもむような仕草をしたので、直樹が唐沢の頭をはたいてささやき声で叫んだ。
「おい! こっち見られてるぞ!」
直樹の指さす方に同い年くらいの女の子たちがいて、こっちをうさんくさそうに見ている。オレは恥ずかしさにたまらなくなって叫んだ。
「わ、わかった! もういいよ!!」
直樹が笑って言った。
「哲治にはちょっと刺激が強かったかもな」
お子様扱いされてちょっとむっとしたオレはこう尋ねた。
「ねえねえ、二人ともひょっとしてもう経験済みなの?」
唐沢が動揺して言った。
「んなわけないだろ! 知識として知ってるだけだよ! なあ!」
唐沢に急に振られて、直樹が言いよどんだ。
「おい、まさか?」
オレと唐沢に突っ込まれて、直樹がしーっと指先を口に当てて言った。
「大きな声じゃ言えないけど、やったことあるぜ」
オレと唐沢はびっくり仰天した。
「ええええっ!!!」
またもやさっきの女の子たちにうさんくさそうに見られた。こっちを見てこそこそと話している。きっとオレたちの陰口を言っているに違いない。でもそんなことはもう問題じゃない。オレと唐沢は直樹を両側から挟んで顔を寄せあった。
「おい、こら。どういうことだ。話せよお」
唐沢が今にも怒りだしそうな真剣な顔で直樹に言った。直樹がちょっと戸惑う。
「ちょ……なんでお前、怒ってるんだ? そんな大した話じゃねえぞ」
言いながら直樹が地面にうんちんぐスタイルでしゃがみこんだ。オレたちもつられてしゃがみこむ。直樹が続ける。
「この前の春休みだったんだ。兄貴が冬に付き合ってた女と別れたんだけど、その子が兄貴を諦めきれなくて、家に押しかけてきちゃったんだよ。でも兄貴はバイトでいないからオレが出てさ。ひどく泣き始めたから家に入れて話を聞いていたら、いつの間にかそんな流れになっちゃって……」
ごくりと唐沢が唾を飲んで尋ねた。
「その人、何歳だったんだ?」
「兄貴と同い年だよ。2歳年上の高1」
「ぐはあっ、年上!!」
唐沢が興奮して叫んだ。直樹がしーっと指を口に当てて唐沢をにらむ。唐沢は慌てて口をつぐんだ。
「それで、それで!!」
とオレが先を促す。直樹が小声で話し続けた。
「んで、オレは初めてだったけど、あっちは兄貴とよろしくやってたから、慣れたもんだったよ。あっという間にオレの洋服をひん剥いて、上にまたがってきたんだから」
「美波さんと一緒だ」
オレが言うと、直樹が頷いた。
「たぶん兄貴がその姿勢が好きなんだろ? で、オレはめでたくドーテイを捨てられたわけ」
唐沢が鼻を押さえた。
「やべ……鼻血出そう」
オレは慌ててポケットの中からハンカチを引っ張り出した。
「ほら、使えよ!」
唐沢が鼻血を止めているのを見ながらオレが聞いた。
「でもさ、直樹ってその人と付き合っているんだっけ?」
「いや、付き合ってねえよ。春休みの間は何回か会ったけど、1学期が始まったら連絡がつかなくなってさ。どうしてんのかなって思ってたら、この前別の男と一緒に歩いてるのを見かけたよ」
「うわ……なんかつらいな」
オレが同情すると、直樹がまじめな顔をして言った。
「うーん、そうでもないな。俺としてはドーテイを卒業できてうれしかったし。それに兄貴の元彼女だろ? なんかさあ、言い方悪いけど、兄貴のお古って気持ちがどうしても消せなくてさ……。オレもやりたいだけだったし、別に付き合っているわけでもなかったから、ちょうどよかったんだよ」
「ふーん。そんなもんなんだ」
とオレが言うと、
「そんなもんだよ」
と直樹が答えた。その直樹の横顔が太一さんと被って、急に大人っぽく見えたことに、オレはちょっと動揺した。
「ああ、哲治ごめん。洗濯して返すわあ」
気がつくと、唐沢に貸したハンカチは鼻血で血だらけになっていた。
「大丈夫? もう血は止まった?」
オレが聞くと、唐沢はこくりと頷いた。
「うん平気だあ。心配かけたなあ」
「じゃあ、そろそろ帰るべ」
直樹が立ち上がって言った。
「ああ、腹も減ったしなあ」
と唐沢が言った。
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