フリーの骨
ヒビが入った肋骨の痛みがようやく引いたと思ったら今度は左の手首が痛い。あたしは桐の箪笥かよ。
痛いほうの手首をよくよく観察してみると、とあるホネがポコんっと、痛くないほうにくらべて明らかに出っぱっている。えー。これ、痛いから気づいたけど、もしかして痛くなる前からこっちのホネだけポコってた? いやさすがにこれだけ左右差あったら(1cmくらい)、自分の身体のことだし、気づくよね? でも自信ないな手首とかまじまじ見ないし、もしかしてあたし何年も手首のホネ出っぱり人間だった??
整形外科で診てもらった。
担当の医師が手首のレントゲン画像をカーソルでつんつん指し示しながら「ここ、謎のフリーの骨ができてる」と言った。フリーの骨ってなんだ。
「ここが接触すると痛いわけだねえ。しかしこれ、ここ数週間とかの話ではないと思うんだけど」
やっぱりそうなんだ?
思えばこの10年ほど、日常的に、手首にはじわじわと負担をかけ続けてきた。
私は美術モデルの仕事をしている。同じ姿勢を一定時間キープするのが主な業務で、私の手首は私の体重をよく支えてきた。腕が長く、グッと伸ばしたときの形がイカしてるって評判で、ウフフって得意になって無茶な体重のかけかたをすることもよくあった。でも自分の上肢はしなやかで頑丈だと信じきっていたから、負担をかけたあとも特にケアなどしてこなかった。
手首への自らの仕打ちを思い返し、フリーの骨くらいできても不思議じゃないかあと思った。
医師や理学療法士の方に話をきいてわかったのは、フリーの骨はなくならないってこと。まじか。
でも、フリーの骨のある手首と上手く付き合っていくやりかたも教えてもらった。上肢の動かしかたを工夫することで極力痛みが出ないようにコントロールできるのだそうだ。気をつけさえすれば普通に生活を送れるレベルの異常。
うん、謎のフリーの骨ができてると言われたわりには大丈夫そう。というかこの整形外科の医師の言語感覚、独特のものがあるんだよ。
前回、肋骨のヒビの件でバストバンド(肋骨しめつけバンド)の装着を勧められたときには、
「ぎりぎり生きられるというくらいまでしめつけてもらって…」
と教えてくれた。ヨユーで生きられるくらいだとしめてるイミがないんだそうだった。
それにしても、ぎりぎり生きられるように肋骨をしめつける日々がようやく終わったと思えば次は謎のフリーの骨との共同生活がはじまり、私はいよいよ身体との付き合いかたを本格的に見直す時期に来ているんだと思う。
ここにきて、フリーの骨って名付け、かなり気に入ってる。
「フリーってなんだよ、私の手首で開業するんじゃないよ勝手に」とニヤついてしまう。厄介だが愛せそうな気がしてきちゃう。こういうのはけっこう大事なことかもしれなくて。ますますいろんな不調を抱えるようになっていくにちがいないこれからの私には、可笑しな言語感覚を持った医師のサポートが必須よ。