【ひと夏の妹】#38/46 矜持
密着して、互いの鼓動や体の熱さをはっきりと感じながらも、キスはしなかった。
そんなことをすれば自制が効かなくなってしまいそうで、俺はそれに怯えた。
髪を撫でていた俺の手が、いつのまにか肩を触り、背中をさすり、腰に重なり、ワンピースの裾が少しめくれて露わになった太ももに触れていた。その肌の滑らかさは、同じ人間とは思えなかった。
リンも俺の肩や胸や二の腕をそっと触った。
俺たちは、控えめながらもお互いの身体に触れあった。何か、答えでも探すみたいに。
女として今はっきりリンに惹かれていることに、男の浅ましさを感じて自己嫌悪したが、そんな単純なものでもないはずだと自問自答した。
それだけじゃない。これが単純な性欲であってたまるか。
俺は自分の気持ちに正直に向き合う。
今日までずっと抑えてきた、胸の中のこの想いに。
でも、それと同時に、分別くさいもうひとりの俺が、リンよりもずっと年上の俺が、頭でっかちの大人ぶった俺が、こう言っている。
『リンが求めているもの。それはたぶん、父性だ』と。
自分を保護してくれる兄とか父親のような存在。ただ、無心に甘えられる相手。
本人は違うと否定するだろうが、父親不在の家庭環境から考えても、それは確かだと思う。だからこそ、俺は、それにつけこむわけにはいかない。
リンが十四歳の夏に出会った男が俺だったから。
父性を求めるリンの寂しさを、利用したり、つけこむような男じゃなかったから。ひと夏を過ごした相手が他の誰でもない、この俺だったから、リンの身体は傷つかなかった。汚されなかった。
……くだらなくても、ただの自己満足でも、そう思いたかった。
頭が飛び抜けていいわけでもない。容姿が圧倒的に優れているとも思わない。世の中に通用するスキルを持つ自信も、遠い場所まで羽ばたいていける才能の自覚もない。
そんな俺が、それでもたったひとつだけ、これからの人生を生き抜いていく為に持ちたいと願っているものが、『矜持』だ。
女の子の弱さや寂しさにつけこんで身体を手に入れたりはしない、という男としてのささやかなプライド。
十年後、二十年後に。
三十歳になった俺が。四十歳になった俺が。
この夏を思い返して、リンと過ごした時間を振り返って。
自分のしたことに胸を張れるか。
かけがえのない思い出として美しく振り返れるか。
……孤独で不安定な中学生とセックスしたことを、誇りになんて思えるもんか。
リンの熱くて細くて柔らかな身体を抱きしめながら俺の頭にずっとあったのは、ただそれだけだった。
ただ、それだけだった。
「ねえ」
だいぶ経ってから、リンが俺の胸の中でぼんやりとつぶやいた。
「……わたしってそんなに魅力ない? タキくんから見て……そんなにコドモ……?」
「リンは女だよ。ちゃんと女だ」
「……じゃあ女に興味ない…………とか……?」
「ばーか」と俺は天井をにらみながら答えた。
ワンピースの襟元の隙間から、押したら折れてしまいそうな細い鎖骨と、血の流れすら見えそうな青白い肌と、水色のブラジャーに半分隠れた控えめな胸の谷間が見えた。
俺は、心底情けない気持ちで自分の下半身をずらした。
リンがつられるように視線を下を向ける。
「うあ」
俺の部屋着の黒いズボンの一点を見つめたリンが、小さく声を上げた。
俺はため息をつく。
情けない。本当に情けない。
「……触ってみてもいい?」
ぼしょぼしょとした小声でリンが言った。
「ぜったいに、だめっ」
なんだかんだとカッコつけたことをツラツラ言ってみたって、結局、俺はこの程度の男なのだ。泣けてくる。