見出し画像

夜の富士山

俺、移動になりました
お昼休みに届いたLINE
どこへ?
山中湖の近く
いつから?
7月から!  

一緒についてきてほしいではなく
まあ、そんな遠くもないから遊びに来てよだって

6月終わりの午後
会社の窓から差し込む、夏が始まる前の太陽が眩しい

そんなこんなで彼はあまり多くない荷物をまとめ、愛車のレクサスRXで引越しをして転勤してしまった
彼は名目上は東京本社への配属だったが、実際は別荘を売りにした不動産部門への配属で、実際の勤務地は山梨県、山中湖のほとりになった。
元々大学がそのあたりだったようで、彼としては慣れ親しんだ町のようだった。

1年、付き合った期間として長いのか、短いのかわからない

オリンピック 深夜に放送されていた卓球の試合を彼の部屋で見た
海までドライブに行った
酔っ払うといつも電話がかかってきた
彼の誕生日を2人でお祝いした
いつか地元に帰りたいって話してた、全国的にも有名な大きな花火大会のある町

私は25歳で、彼は28歳、まだお互い若くて、大人だけど大人になりきれてなかった

結局、それからひとつき、彼には会えなかった
なんとなくで続いたLINEのみの関係

8月の初め、金曜日
わたしはその日有給を使って、ただ家でのんびり過ごしていた

夕方届いた彼からの連絡

これから会う?

会うって言っても、私が会いに行くわけで、、なんて考えても仕方なく
彼の孤独と寒さを埋めたくて
18時19分八王子発の特急に乗り込み、大月駅へ向かった

彼は一見クールに思われがちだけど、寂しがりやなのを私は知ってる

白のレクサスRXで駅まで迎えに来てくれた彼

ほんとに俺のこと好きだなぁ〜って
にやにやしながら

そっちこそ、私に会いたかったんでしょ〜?って
まるでいつも通り
つい先週の週末もあったような雰囲気で
彼の家に向かう
山中湖までのドライブ
夜のドライブ

その日は満月で高速道路から月の光を浴びて夜の富士山がくっきりと見えた
夜の富士山は初めてみた
昼間見るより神秘的で、ずっしりとしていた
ただずっと見ていたかった
夜の富士山と高速道路から見える遊園地のばかみたいに曲がりくねったジェットコースターが私に非日常を感じさせる
夜のドライブ

まだ夏の真ん中なのにひっそりと寒くて
ひんやり湿ったような空気
小学生のときのキャンプを思い出す
彼の住まいは、ひとつに6部屋あるアパート、同じ土地におなじ建物が3つ
その左の1番左下の部屋だった
こんなにたくさん部屋があるのに入居しているのは5人ほどということだ、会社の独身者用の寮とのこと
随分静かだった、まるで廃墟のような、人が生活する空気のない不思議な場所

ここはね、カマドーマとかでるから気をつけてね

久しぶりに彼と過ごす週末
ひんやりした部屋、朝でも陽がささない、緑が太陽のひかりを遮っている

土曜日
一日中布団の中で過ごした
必要最低限しか布団から出なかった

日曜日、彼は仕事があるので、早くに出かけた
鍵かけてポストに入れておいてね
この通りをまっすぐ行くとバス停があるから
山中湖も近くだし観光していくといいよ
と、親切なのか薄情なのかわからない

次の日私は彼が出かけた後すぐに準備をして
バスに乗って家に帰った

1人で彼の家にいることが耐えられなかった
がらんどうの部屋
必要最低限の荷物
寒々しい部屋の中

バスから緑越しに見えた山中湖が綺麗だった
夏の日差しが涼しい
彼に会うのはこれが最後だと思った
それは彼も思ったことだろう
きっとお互いに思ってた、お互いにわかっていた
これで終わり、と

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?