クーピーでいえば白（モノトーン2）
【モノトーン】2
蓮の家は、敬之助一行が知らない駅にあった。名前は知っているけど、降りたことはない。
「広くないからさ、適当に座って」
蓮は言いながら、途中のコンビニで調達したスナックの袋を開け、紙コップを用意する。
部屋は、１ルーム。ロフトが付いていて、小さなキッチン、風呂とトイレが別にあるシンプルなつくりだ。
都心から離れているから、それほど高い家賃ではないし、学生街なので、外観も洒落ていて、隣家との距離もあって余裕のある作りだ。
壁紙は渋い木目で、家具はアンティーク風。部屋の各所には蓮の趣味の物が点在し、レコードジャケットや、きれいな写真が飾ってあったり。
床に引いたラグもフカフカで気持ち良いし、ハンガーにかかる洋服も、なんだか、おしゃれで素敵…。
高校生は、しばらく部屋を眺めていた。
あの後、高校生たちが声をかけてきた。あんな経験させてもらってありがとうございました。さっき、褒めてくれてありがとうございました…。
お名前聞いて良いですか？ホームで囲まれてしまって、蓮は慌てた。
じゃあ、うちに来る？蓮が何気なく言うと、彼らは思いのほか喜んでくれた。結局、一緒に来たのは３人。敬之助、飛翔、佑真。
というより、３人がもっと話がしたいと、半ば強引に、家に帰る蓮についてきたようなものだが。
男４人…。さすがに狭く感じるな。
小さなテーブルに飲み物などを置いて、みんなで囲んだ。高校生たちは、なんとなくかしこまった様に正座で座り、でも、蓮の様子をじっと見つめる目はキラキラしていて…。
なんか、かわいらしいな…。
蓮は、心の中でクスクスと笑ってしまった。
「よし、じゃあ…とりあえず…お疲れ様です！」
と、蓮がコップを掲げると、高校生はあわててそれに倣う。そのまま、コーラやサイダーをごくごくと飲み干した。
「ぷっは、喉カラカラだった！」と、敬之助。
「はあぁ…生き返ったぁ」と、飛翔
「ふう、少し落ち着いた」と、佑真
面白いね…。
蓮は自然と笑顔になってしまう。なんとなく懐かしい…。あの場所で過ごしているみたいだ。
「なんだったんだろうね、あれ。今、思い出しても変な感じだ」
と、蓮はコップのコーラをごくりと飲んだ。
「すごかったぁ、あんなの初めてだよ」
「ほんと、なんかのドッキリかと思ったもん」
「でも、ほんとに撮影とかされてなくて良かった。いや、まだ心配だけど…」
しばらく、電車の中の出来事で盛り上がる。
不思議だなぁ、こんな子たちと…。
「変…不思議な出会いだね。でも、こういうのも、ある意味運命、ってヤツなのかな」
と、蓮が微笑むと、高校生たちがまた、キュンっとする。
黒いスポーツブランドのトレーナーにジーンズ。シンプルなピアスをして、渋い作りの腕時計…。眉毛はきれいに整っていて、肌もきれいだ…。
「かっこいいっす！」
敬之助が、顔を赤くして言う。
「蓮さんみたいになりたい！」
「俺も～」
と、飛翔
「あんとき、蓮さんの隣に立ってて良かった」
「本当に…。」
と、頷きながらも、最後に佑真が冷静に聞いた。
「どうしてあんなことを？」
「…うん…。」
と、蓮はどこというわけでもなく部屋を見た。お気に入りの写真は兄弟からのプレゼント。すぐ上の兄、浩二からだ。夕日でオレンジに染まった海岸を歩く男女のシルエット…。
ギュッと目を閉じて耐えている、電車の女性の顔が浮かんだ。
「なんか、わかるって言うか…。自分が我慢すれば良いんだって耐えてる、でも、すごい悔しそうに、ぎゅって、手をグーに作ってて…。ちょっと、気になってね」
「あの女の人？最初とイメージ全然違う」
「うん…大人しそうだったけど、最後すごかった」
「でも、たぶんずっと、僕らより冷静でしたよね」
「俺が電車に乗る前に、ホームから中を見てたら目が合った。たぶん、彼女はホームを見てたんだ。」
「どうして？」
「どういう人が乗ってくるのかを見てたんじゃないかな？」
「…あ、もしかして」
敬之助が、何か思いついたような顔をする。
「同じ時間、同じ車両…あの６人グループ乗ってくるかもって？最初からわかってた？」
察するのが早いな。蓮は感心する。
「うん、電車の扉が開いてすぐ、彼女一瞬立ち上がったんだ。たぶん、席を譲ろうと…。」
「来た！って思ったのかな。チャンスって…」
「いや…」
と、顎に手を当て言ったのは佑真
「そういうフリ…」
「そう。もしかしたら、彼女は計画的に…」
「え～！復習？前に同じことされた学生さんのため？知り合いだったのかな？」
と、飛翔は首をかしげた。
「…うん、というかターゲットはあの議員の妻だったんじゃないかと思う。」
と、蓮が言う。「きっかけを作った…」
「…でも、言い出した相手が強かった。だから、一度諦めようとした？」
佑真は真剣な顔で言う…。
…クイズとか、謎解き好きかな？
彼らの言動に、また、なんとなく自分の子供の頃を思い出して、蓮は少し可笑しい。
「ん～。怖くて言い返せないのかって思ってたけど…。それもフリで、わざと注目させるように…。」
と、蓮も眉根を寄せて考えた。
「ちょ、ちょっと待って。議員が同じ事すると思ったのに出てこないから、騒ぐように仕向けたってこと？」
と、敬之助。
「もしかして、あの議員の妻は… この前みたいに、あなたやりなさい、って白髪の人を操ってたとか」
と、佑真は人差し指を立てて言った。
「え～？命令してたの？ほんとにボスじゃん」
と、飛翔は眉尻を下げる。
「そうかもしれない。でも、彼女はそれに気づいていて、怒ったんだ…彼女だけを悪者にしてって…」
佑真と同じように顎に手を当てて、蓮は言う。
「怒った？ああ、確かに議員の奥さんに対して怒ってた。」
と、３人は納得する。賢いな…蓮は感心した。
「だから、あえて喧嘩を売ったんじゃないか、と思うんだ」
「ひぇ！」
「わっ」
「なるほど…」
「前の時、この人は座らなかったのに、座れって命令してたって…。最後、この人は悪くないって…」
「うん、こんな人友達になってあげなくて良い…ああ、そういうことか」
と、敬之助も察する。
「本当の友達はだれですか？って…。誰かがあの人に、ありがとうって言ってたぁ」
と、飛翔は自身の身体を抱きしめる仕草をする。
「うん…そうだ。あの白髪のおばちゃんのためにやったんだ。あのおばちゃんを救うためだった…。あの議員から引き離すために。」
蓮も鳥肌が立った。あの中できっと、岩原は浮いている存在だったのだ。前に見た時に、議員から強く言われている彼女が心配で、もし、今日の同じ時間に乗ってきたら、そう思ってあの場所に座って。
…ホームを見ていた…。
「ああ、すげぇ…」
と、蓮はコーラの入ったカップを握り締めた。
「あの俵って人は、たぶん、いつもあんな風に威張ってるんじゃないかな？だから周りも迂闊に口出しできない。政治家の妻という権力で良いように使われてたんだろ」
「いじめてるの？みんな友達じゃないの？しもべなの？」
と、飛翔が落ち込んだように項垂れた
「う～ん。みんな抜けたくても抜けられなかったんじゃないか？下手なことすると、夫の名前を使って嫌がらせされたりとか…。子供関係での知り合いだろ、家族に影響するんじゃないかな」
「金と権力と名声で、しかも夫のね。友達ごっこしてたんだ。最後、グループの人間たち冷めた目で見てたよ。女って怖いな」
と、さらりと言う佑真に、蓮は苦笑する。
「なんだよ、議員の妻ってだけで、なんで偉そうにするの？え、関係なくね？」
と、敬之助は言う
「ただの奥さんじゃん。あの爺さんは神様みたいとか言ってたけどさぁ」
「うん、あの最後のおじちゃんもそうだけど、政治家とか、どこかの社長とか、大企業のなんだかとかで人を判断する人たちはいるからね。彼女はああいうもの、すべてに対して…」
と、蓮はパーカーの彼女を思い出していた。
「でも…あの人すごく嫌なこと言われてたよね？いやらしいとか、馬鹿とか…それ考えるとあのばあさんにも、もっと言ってやりたかったぁ」
と、敬之助はスナックを、バクっと頬張った。
「な…おかしな感覚だよな。それってやっても良いことだっけ？って、学校でも教わるじゃん。いつ、それが普通になっちゃうのかな？」
と、蓮は首をかしげて高校生たちに問いかける。
「たぶん、彼女…白いパーカーの子は、そういうのを全部暴こうとしたんじゃないかなって思うんだ」
「全部…？」
「たぶんね、最初から気づいてたような感じがする。あのばあさん、周りとの関係性、議員の妻というリーダー的な、というよりラスボス的な存在…。もし、どこかでチャンスがあったらって思ってて…。」
ちょっと…怖いな。
蓮は、心の中で苦笑いした。敵に回したくないタイプかも…。
「あの出来事が起こり、そして、そこに俺たちが行った…」
と、蓮はいたずらな顔をして、子供たちを眺めた。
「ちょっと…怖いんですけど」
と、敬之助。
「俺たちも、操られてるってこと？」と、飛翔。
「ある意味な、うまく導かれている。」と、佑真。
「うん、導くか…。いいね。流れをこっち側に寄せるのがうまいんじゃないかな。決して自分は悪いことをしない。ひどい悪口を言わないし、言葉も丁寧なままだったし、ま、最後はべぇってしたけど…」
「確かに。それって強いよね。どっちが賢い人か、すぐわかるじゃん」
「そう、こっち側の人間と、そっち側の人間。本当に悪いのはどっちですか？って聞かれてるような気がしてね。」
「こっちとそっち？」と、飛翔。「悪者とヒーロー？」
「馬鹿と天才」と、敬之助「上品か下品か…とかもね」
「基準は人それぞれだけどね…。あのばあさん連中は、自分たちが正しいと思ってるんじゃないか、たぶん今も。政治家の知り合いで、私たち年上が偉いんだって」
と、佑真は涼しい顔で言った。
「そう、それをあの場で全員に考えさせた。それぞれとらえ方は違うけどね…。サラリーマンや年配の親父も、結局カッコ良い人になりたかったんだと思うよ」
「あいつらもね…。」
そういうのは敬之助。あいつらとは、同じサッカーチームの高校生たちだろう。
「あの子たちも、おばちゃんグループもわかってると思うよ。だから最後にお礼を言った人もいるし、彼らも結局、アピールしたかった。俺たちだってできたし、わかってるし、って」
「俺は、そんなつもりなかったけど。結局目立っちゃっただけで…。ま、誰だってヒーローになりたいよね」
と、下唇を突き出して、敬之助はコーラをグラスに追加した。
「うん…そう。俺も、悔しくってさ…」
と、蓮は頭を項垂れた。
「くやしい？」
「うん。すげえじゃん彼女って。かっこいいじゃん？俺も、カッコいいことしたいなんて思っちゃったんだ。俺も単純にヒーローになりたい人だったってこと。だから、君たちを誘ってああいうやり方にしたんだけど…。でも、ほんとごめんね。万が一殴り合いとかになってたらと思うと鳥肌が立つよ。巻き込んでごめん」
蓮が突然、３人に頭を下げる。
「俺は、殴ったりしないっす」
「相手おばあちゃんだし、かわいそうだもん」
「誰かが手を出しそうになったら止めなくては、そう思って見てました」
三人の個性の差が出てて…。
「すげぇ…。君たちの方が、ずっとかっこいいよ！」
蓮は、素直に感心した。自分たちを見る、まっすぐなその目はキラキラしていて…。
かっこいいなぁ…。
高校生たちは、ドキンとした。
「なんとなくね、似てるんだ…。」
「似てる？」
「うん、パーカーの彼女。俺の母親に似てる」
「お母さん、そんな感じ…だからカッコよく育ったの？」
と、飛翔。
「ん？ふふ…。ほんとの親じゃなくて、育ての親なんだ。」
高校生たちは、ふっと、神妙な顔つきになる。
「俺ね、子供の頃、捨てられて死にかけて、施設に引き取られた。そこの寮母に、彼女、少し似てるかもしれないって思った」
と、穏やかな笑顔で、なんて事の内容に蓮は言う。３人は、突然の告白にどう答えたら良いのかわからない。
「いつもニコニコしてるけど、怒ると怖いって言うか。」
蓮は、とても良い家庭に育ったのだろう、勝手に思っていた。背も高くてカッコいいし、あんな風に誰かを助けようと動けて、会ったばかりの高校生の俺たちにも優しい…。
ただ、良い人だから…。
「あ、可哀そうって思ってる？」
なんとなく居心地の悪そうな高校生に、蓮が、問いかける。
「いきなりこんな話したら、どう答えていいかわかんないよな。でもね、俺は、ラッキーなんだ」
「ラッキー？」
敬之助が、片方の眉毛をあげて、訝し気な声を出した。
「そう、だって死にかけたのに、今、生きてる。それだけでもラッキー。施設で育ててもらえて、そこにいる人たちが全員良い人で、俺、幸せだった」
と、ピースサインを作った。
「…良い人たち？」
と、飛翔は眉尻を下げて、遠慮がちに聞く。
「うん、兄貴が７人、弟が一人。大家族だろ？」
「施設…って」
佑真も真剣な顔で聞いた。
「うん、養育施設だ」
また、なんて答えれば良いのか高校生たちは躊躇した。へぇ、とか言えば良いのかな…。
「でも、俺たちはそう呼ばずに、ハウスって呼んでるんだけどね。…そういうところのヤツ、いや？知り合わなきゃよかったかな？」
ぶんぶんぶん、３人が思い切り頭を横に振る。
「あはは、良かった。そこで育ったってだけ。血はつながってはいないけど、一緒に寝て、一緒に飯食って、一緒に遊ぶ、そういう人たちがいるんだ。」
と、蓮は、窓の外を何気なく眺めた。
「俺の、自慢の家族たちがね」
【オレンジ】に続く
※お暇なら見てください話…
私が25、6年くらい前に、実際に経験した出来事をもとに書いています。
もしかしたら、今の電車の中の様子などとは、違うところがあるかもしれませんが、どうぞご了承ください。
本当に、蓮くんたちのように助けてくれた学生さんがいました。
あの時は、本当にありがとうございました。
これが、どこかで伝わって行ってくれれば、と願いを込めて…。
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