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クーピーでいえば白(オレンジ1)
【オレンジ】1
蓮は、冷蔵庫から玉ねぎを取り出した。ネイビーの小ぶりな冷蔵庫は、兄弟たちからのプレゼントだ。
「これが良いね。小さめだけど性能も消費電力も良い。海外ブランドだけど、このメーカーは信頼できるよ」
そう言いながら、兄が選んでくれた。池沢辰也、一番上の兄貴、と、蓮は思っている人。
彼自身も、大手電機メーカーの工場で働いている。本社勤務ではないが、手先の器用さ、仕事に対する誠実さ、繊細な気配りなどができると周囲からの信頼もある。今は、現場主任として重要な位置にいるらしい。
玉ねぎを半分にしてから、縦横に何本かラインを入れ切り出した。玉ねぎは5㎜角のみじん切りになる。
「冷蔵庫に入れるのは、目が痛くならないからだよ」
母が言っていた。ハウスの母、智子(さとこ)だ。
みじん切りなんて機械使えば良いのに、というと、それほど大人数でもないし、みんなでやれば楽しいじゃない、と言って、兄弟の誰かに任せる。
「サコさん、ローズマリー取ってきたよ」
と、言うのは、宮野木(みやのぎ)亮太、この大家族の料理番長だ。
「月イチ肉の日、今日は豪華ローストビーフだぁ」
リビングの兄弟たちを煽るように声をかけた…。
蓮は、ハンバーグを作りながら、施設のことを思い出していた。一人でいる時、自然と頭の中に浮かんでくる。
きっと…、寂しいのだろう。悔しいから兄弟たちには言わないけど。
そこは片田舎の高台にあり、庭も広く、遠くに海が見渡せる良い場所だ。
水色の屋根がついた、少し変わった2階建ての洋風の建物。部屋数が多く、広い作りだ。かつてはある宗教団体が、共同生活をするために作った物だと聞いた。
「やったぁ!いっぱい食べよう」
はしゃぐのは、末っ子の村野瑛人(えいと)ラウル。蓮にとって唯一の弟だ。血のつながりは無い。
「月イチやもんなぁ。もう少し増やそうや、サコちゃん」
と、関西弁で懇願するのは向山(さきやま)浩二、3歳上の兄貴。言いながら、レタスを水道水でバシャバシャ、と洗い出した。
「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。いつもの飯にだって、ちゃんと肉入ってるだろ?」
と、言うのは渡良瀬(わたらせ)祥太。リビングの大テーブルを拭きながら浩二へ言う。
「そうそう。野菜多めのバランス良いメニューなの。健康一番でしょ」
と、言うのは、元山光(ひかる)。両手で敷布団の様なものを抱えている。彼は、ここの住人ではなく近所に住んでいて、親のいない日に、ここで過ごしている。
が、ほとんど住人と変わらないくらいいる、けど。
「これ、2階のどの部屋に運びますかぁ?」
キッチンのサコへ大声で聞きながら、一段飛ばしで階段を上がって行く。
「ああ!やばっ」
慌ててぴょんぴょん、と跳ねるように駆けだすのは、佐々木大助。
「俺が風呂掃除の当番じゃん。アブね」
言いながら、洗面所へ向かう。
次、忘れたらフィギュア売り飛ばすぞぉ、誰かがからかった…。
俺は…
蓮は回想し、自分を探す。
広いリビングの真ん中には、大きな木でできたテーブルが鎮座する。大人数が座れるソファ、壁にかかる柱時計、子供たちの書いた絵…。
どこを見ても懐かしさで切なくなるほどだ。
自分は、リビングのソファで座っている。イヤホンをつけ、周りの様子など気にもしていない、ふりをしている…。
「俺ちょっと、駅まで涼平迎えに行ってくるよ」
と、辰也がみんなに向けて言った。
「おい、蓮、れんっ」
辰也がこちらを見ていたので、蓮はイヤホンの片方を外した。
「一緒に行くぞ」
と、彼は手招きする。
何で一緒に行かなきゃいけないんだよ…。
と、思いながらも、蓮は少し、ほっとしている。
施設へきて、10年が経ったころだ。蓮は、ものすごい反抗期、ちょうど、この前会った高校生ぐらいだ…。何をしていても、誰といてもなんとなく腹が立つ。
施設暮らしだし、学校は遠いし、近所の爺さん婆さんに愛想を振りまかなきゃいけないし、学校に行ってもつまらない。友達ができなかったから。
家族とも、うまくいっていない。特に、寮母の智子とは。
思春期やしねぇ、そういう時期なんだって、わかるわかる、口々に兄弟たちは味方してくれるし、智子もうるさく言わない。
だから余計に、自分だけがイライラしていて、蓮はそこに腹が立つ。でも、それを認めて素直になるのはイヤだった。
「今日、割とすいてんな~」
と、水色の軽自動車の運転席で、辰也が独り言を言う。
たぶん、俺に言っているのだろうけど…。
なんとなく返事をして、窓の外を眺めた。海沿いの繁華街へつながる国道は、夕方17時を過ぎると渋滞する。
大きな病院、県内で有名なレジャー施設、サーフィンのできる海がこの街の自慢だ。
通勤帰り、買い物、レジャー帰り…様々な人が移動して、それぞれの居場所へ戻っていく…。
蓮はこの景色が好きだ。
こんな田舎なのに、いっぱい人がいるんだな、とか当たり前のことを思ったりする。
みんな、どんな家に住んでいるのだろう…。
建物の間から見える海は、沈みかけた夕日に照らされて、オレンジ色に染まっていた。
「少し早いな…遊んじゃうか」
と、辰也がショッピングモールを親指で指して笑った。
辰也は、兄弟、として過ごしている中での長男。就職先も決まり、一人で生活を始めたところだった。
職場は施設から遠いし、仕事も忙しそうだけど、休日になると施設へ顔を出しに来る。器用で、真面目。
ゆっくりしたら良いのに、寮母はそう言うのだが、彼は家の修繕をしたり、裏の竹林の手入れをしたり、兄弟を買い物に連れて行ったり。
それに、施設にいくらかお金を入れてくれているらしい。
「て、ことはさ、俺たちもそうしなきゃいけないってことじゃん?」
と、言うのは祥太。蓮が覚えている、ある日の兄弟たちの会話だ。
「いや、サコさんは断ってるらしいけど、辰が勝手にやってることだろ」
と、亮太。二人は辰也と同じ年だ。もうすでに施設から出て部屋をシェアして暮らしている。たまに施設へ顔を出しに来るが、年齢と共にその頻度は減っていた。
「俺、バイト始めたけど、父ちゃんの病院に金かかるからさぁ…」
と、眉尻を下げるのは大助。彼の父親は肺がんを患い、長い間入院しているため、一度出たが施設へ戻ってきた。その方が病院に近いし、生活費がかからないからだ。
「その分、家のことはやる、で許してもらおうかなぁって」
「だけど、辰がやってんのに、俺はしないんだ、って思われるのヤダよね。カッコ悪いじゃん。」
と、祥太は口を尖らせる。
「だったら、バイトして稼いでいる今でもやるべきだろう?就職してからしなきゃいけないって決まりもないし」
と、亮太。
「俺は、余裕ができたらやるよ。何もお金だけじゃないだろ?大助みたいに家のことしたり、プレゼントでもいい」
「まあね、物をあげるってのが親孝行になるなら、それでもいいけど」
「サコっちはさ、そういうのいらないって言うじゃん。気を遣わなくていいって」
言いながら、大助はソファーに胡坐で座った。
「そやでぇ」
と、どこからともなくやってきたのは浩二と、末っ子のラウル。二人は手を繋いで、大助の隣へ座った。
「要は、気持ちや。そうしてあげたいって気持ちが大事。サコちゃんにありがとう~、愛してんでぇって、抱きしめて、いや、言うだけでもええやん、な?」
と、大袈裟なジェスチャーを交えて、最後はラウルを抱きしめた。ラウルはキャッキャッ、とはしゃいでいる。
ラウルは11歳。身体は大きいが、知能に多少の障害が見られ、幼児期のような反応をする。
「辰也は、浩二のマインドと違うからなぁ…」
と、言うのは西野涼平。キッチンの椅子に座りながら、コーヒーを片手に本を読む。賢くて冷静。裕福な家庭の出だが、様々な事情からここで育った。今は大学院生だ。
「本当の子供として過ごしてきてるし、ザ、日本人!みたいな人だからねぇ…」
と、本から目を離さずに言う。
「また!もう、涼平ちゃんはクールなんだから」
浩二は手首のスナップを効かせて涼平の肩を、パシン、とはたいた。
「日本人だから、タイ人やから、ハーフやし…そんなもんで決めつけんといて!俺だって本当の子供と思って過ごしてるよ?ママはタイにおるよ。でも、ここでのママはサコちゃんや、親やからとかそういうんじゃないやろ?人間同士、心の問題やん」
浩二は、タイ人の母親と日本人の父親を持つハーフだ。幼い頃はタイにいて、父の仕事上日本へしてきたが、母親が日本の生活に合わず離婚。
兄がいるが母親と共にタイへ、浩二は父親を思い、日本へ残ったのだという。だが、その父親が失踪し、大阪の施設で保護された後、ここへやってきた。学生の間に、インターネットで服や靴などを販売するサイトを立ち上げ、タイと日本での生活をしているが、日本ではこの施設がメインの生活場所になっている。
「俺は、サコちゃんに洋服とか靴とかいつでもあげれるで。でも、そんなんより、しょうもないこと話して笑ってる方が良いんやない?特にサコちゃんは。」
「浩二の話は、ほんっとに、しょうもないけどねぇ」
と、大助がニヤニヤしながら浩二をからかった。なんやと!と、言いながら二人は笑顔でじゃれる。それを見て、ラウルがキャッキャと喜んだ…。
いつもこんな感じで過ごしている。俺は、大抵聞き役に回った。一番最後に入った新人だし、年下だから…。
「ま、わかるけどね」と、祥太。
「ここ、しかないんだもん、辰は。親も親戚もいない。サコちゃんしかいない、って思ってるんだろ」
「俺たちだって同じだろ」と、亮太。
「親が誰かもわからない。というより、自分の出生のことだって良くわからない。ただ、祥太と一緒に生きてきたってことだけ」
二人はいわゆる捨て子だ。同じ場所に揃って捨てられていた。ただ、血は繋がっていない。
「そんなん比べんといて欲しいわ。親がいないから俺とは分かり合えんってこと?心の黒い部分の深さが違うから、一緒にするなってこと?」
「ん~…というより」
読んでいた本をパタン、と閉じて涼平が言う
「心配なんだと思うんだ。ここと、俺たちと、サコさんが」
「わかるよ。実家みたいなもんだし、長男だしね、便宜上の。でもさ、結局施設なんだよ?」
「俺が守らないと、って思ってるんでしょ?長いからね…誰よりも一緒にいるからさ」
「うん、全部自分が守っていかないとって思ってるんだよ。サコさんがどうとか、家がどうとかよりも全部を、ね。だから出て行くことに罪悪感があるんじゃないかな」
「真面目か!もっと色々あんだろ?20代だよ?何か俺たちが、ダメみたいじゃんか」
「そういうことは思ってないよ、辰は。それより、みんなが幸せなら良いっていうか…」
「…うん、もはや仏の目線…」
と、亮太は顎に手を当てて、空を見た。
「…あんちゃん、みたいになりたかったんじゃないかなぁ?」
と、言うのは大助。
「結局さ、サコっちと結婚したのは明人さんだったから、俺たちの父ちゃんみたいなイメージあったけどさ…」
少し間を開け、眉を寄せて苦しそうな顔をして、大助は続ける。
「いろんなこと教えてくれたのって、あんちゃんじゃん。辰也のやること良く似てるよ。」
「俺たちは、あんまり関われなかったけどね。サコさんのいとこだろ?なんでも器用にできるって人。でも、怖かったって言ってたじゃん」
と、祥太。
「そりゃ、悪いことすれば怒るよ。あんまりしゃべらないし。でも…それが後になって気づくんだよ。すごい人だったって」
と、大助、涼平も頷いている。
「すごい人?」と、亮太「なんでもできることが?器用なことが?」
「ううん…」
と、涼平。
「全力だったんだ。命がけで俺たちを守ってくれてたってこと」
「命がけ?草刈とか家の修理とかぁ?そりゃ、屋根に登ったりするから危険だけどさ」
「自分のことは後回しなんだ。常に誰かを守って、誰かを庇ってる…。特に子供を」
「良いパパみたいな人なん?でも、そんなん当たり前やろ。一族の長みたいなことやろ?大人やし当たり前やん」
「俺たちは…というか、俺の父ちゃんは違ったんだ」
と、大助は眉尻を下げる。
「どうしようもない親父でさ。俺は、こんな風になりたくないって思ってた。散々酒飲んで暴れて、家庭壊して、挙句の果てに病気して入院してるし…。何もできねぇ人だよ。」
「そんなん、俺の父ちゃんもや。どこにいてるかわからんし。逃げてんなよって思うけど、でも、ちゃんと俺は尊敬してるよ。俺がここにいるのは父ちゃんたちがいてるからやろ?」
「うん、そういう気持ちだよね。浩二はたぶん、それが普通にあるんだよ。親という存在のとらえ方が」
と、涼平は、ふうと息を吐く。
「辰はここでの暮らしがほとんどで、サコさんを母親、あんちゃんを父親みたいに思ってきて、全てなんだけど…でも、どこかでずっと、孤独だったんじゃないかな?」
「それは、俺たちも同じだよ」
と、亮太。
「結局、施設の子でしかないからね。そんなのどこかの段階で割り切るしかないだろう?」
「うん…。たぶん、辰也もそうやって生きてきたんだよ。結局、本当の子供にはなれないし、出て行かなきゃならないしって、無意識のうちに壁を作ってきたまま」
「…じゃあ別に、出て行くことになった今、自由で良くなったんじゃないの?」と、祥太。
「サコさんには家族できたし、好きに生きればいいんじゃん」
「それが、できなかったんだ。一人になって初めて自分のことがわかったんじゃないかな」と、涼平は手を顎にのせる。
「本当に独りになっちゃうって思ってるんだ」
「…寂しいってこと?だって、別に俺たちいるじゃん。友達だし、兄弟みたいじゃん」
と、大助は眉毛を下げながら、両手を広げる仕草をする。
「うん。それよりももっと、深い部分で思ってるというか…家族でいたいというか…」
「なんや、寂しがりやなん?」
と、浩二。
「だったらここにいればいいし。俺たちと一緒にいればええやんか」
「それができないんだよ、まじめだからね。出て行かなくちゃいけない、と決めつけてる。だから、帰ってきて家のことしたり、草刈りしたりして…」
「…存在価値を見出そうと?ここにいても良い、という確証が欲しいんだ」
と、亮太は何度か頷いた。
「うん…役に立てばいても良いって思ってるんだよ。本当は、そんなのどうでも良いのに。ただ、ふら~っと、ただいまぁって帰れる場所のはずなのにね…」
あれ…?
涼平の声に少し変化があった様に、蓮は感じた。
ほんの、少し…。
「じゃあ、別に帰ってくればいいよ。それで辰也の気持ちが落ち着くならね」
と、祥太は両手を広げた。
「だよね。別に誰も嫌な顔しないだろ?サコっちも喜ぶし、家のことやってくれれば一石二鳥じゃん」
と、大助。
「そやで、ラウも蓮もそのほうがええしな。安心やろ。」
と、浩二。
「そうか…ラウ…。」と、亮太が目を丸くした。
「うん…。辰也はたぶん…そこがつらいんじゃないかと思うんだ」
と、涼平は眉尻を下げた。
ショッピングモールでは、食品売り場のレジが込み合っていると館内放送がかかる。辰也と蓮はゲームセンターにいた。
辰也は真剣な顔で、ゲームセンターのユーフォ―キャッチャーに向き合っている。
「っと…よっ、良しOK!」
ゴトン、と音がして商品が下に落ちた。アニメの女の子が描かれている箱だ。蓮が受け取り口から取り出した。
「これ…ダイしか喜ばないぜ…」
「ふふ…だな。でもグラスのセットだから、普段、使えるじゃん?ピンクが大助、白がラウル、オレンジが浩二…。蓮は、どっちが良い?」
グラスの5個セット。5人組の女の子が悪役と戦うアニメのグッズだ。アニメ好きの大助が推している人気番組のもの。
残る色は、水色と黒。水の精霊という設定のキャラクターと、夢の世界を操れるキャラクター。
どっちでも良いんだけど…と、思いながらも「黒」と答えた。
「まあ、そうだよね。黒河内だもん、黒が合ってる。かっこいいしね、この子」
と、黒い衣装のキャラクターを見ながら、辰也は小さく微笑む。
「じゃあ、水色がサコさんかな…」
と、つぶやいた。
別に、こんなもの欲しいわけでもないけど、蓮は辰也を横目で見ながら思っている。でも、自分と一生懸命コミュニケーションを取ろうとしてくれることはありがたいし。
だから、強くは言えない。なんとなく、胸のあたりが苦しい…。切ないっていうやつかな…。
当然のことだけど、血は繋がっていない。だけど、自分のことを気にかけ、家族という同居人たちとうまく付き合えない蓮を庇ってくれている。
別に、他の兄弟たちにいじめられているわけでも、無視されてるわけでもない。みんな、優しくておもしろい人たちだ。
母親、という立場でいる人も、何も悪くない。いつも優しくて、笑っていて、彼女も面白いけど。
どうにも、気持ちとは裏腹に動いてしまう。難しいお年頃ってヤツなのだ…。
「よし、涼平と本屋で待ち合わせてるから行こう」
と、辰也は時計を見ながら言う。
割と古い腕時計だ…。いつも大事につけている印象がある。何か思い入れのあるものなのかな…。蓮は気になった。けど、何も言わなかった。ま、どうでも良いか…。
「いたいた。涼平!」
「おう、ただいま。蓮も来てくれたの?悪いね、忙しいのに」
と、涼平がきれいな顔で笑った。
別に忙しくないんだけど…。思うけど言わない。
涼平は元女優の母親に似ていて顔立ちがきれいだ。
実業家だった父親は亡くなったが、その父から涼平のことを任されたという、古くからの友人に引き取られ生活も安定している。
元々両親が教育に力を入れてくれていたおかげで、頭も良く、大学院では地球環境における天体と数字の法則、という研究をしているらしい。
「今日はローストビーフだあ、って亮太が気合い入れてたよ」
辰也が、クスクスと笑う。
「月イチ肉の日ね。みんなで集まるの、いつまで続くかな~」
涼平もうれしそうに、空を見ながら答えた。
「ほんとだよね。浩二も、もうすぐ出て行っちゃうしな~」
「しょうがないかな…あそこには、本当はいつまでもいられないしね。」
「…な。あんな広い家なのに、もったいないよね」
二人の会話を聞きながら、一瞬、辰也の声が沈んだ、と蓮は思った。
「そういう場所だからね。みんないなくなったらどうするのかな?売りにでも出すのかな」
「だって…大助も、サコさんたちもいるし…」
「みんな他に家があるもん。施設としては機能してないんだし。蓮が卒業したら閉めるのかな。建物も古いしね。でも、残して欲しいなぁ。いつでも、ふら~って帰れる、実家みたいな場所だしさぁ」
と、涼平は何気なく言った。
「そうだよね、残したいよな…」
涼平と辰也の間に、温度差があるな。蓮はなんとなく思う。涼平の母親は、うつ病で精神病施設へ入院しているが、今は、そこも大きな問題もなく付き合っているらしい。
「蓮は?」
涼平が聞いた。
「高校卒業したらどうするの?そろそろ考える時期だよね?」
施設は原則18歳までしかいられない。というより、もはや施設としては機能していない。
ある時期から大手病院の学生寮とか下宿のような形を取って運営している。院長を責任者とし、市や周囲の企業からの援助や寄付などで、なんとか生計を立ててきたが、なかなか厳しい状況だ。
智子はハウスで身の回りの世話をする寮母として在勤しているが、常勤ではなく、男性が一人、管理人として住んでいる。
小中学生の子供たちが過ごす施設としては問題なかったのだが、市の開発により、徐々に新しい住民も増え、あまり良く思わない人間が出てくる。
大きな施設に若い男たちが大勢出入りしていて風紀が悪い。病院の施設という隠れ蓑で、何かの犯罪組織か、宗教集団なのではないか、などという勝手な噂も流れてしまった。
なので、今は、最年少の子が18歳になるまでと言う条件付きでの経営だ。本来ならば、ラウルが最年少なので、あと6.7年は残るところだったが、障害がわかり、寮母、智子の養子として受け入れられたため、蓮が最年少の子、となった。
「蓮が18になるのはあと3年?それまでに、何かやりたいこと見つかると良いね」
と、涼平はにこやかに言った。
「まあ、大学に入ってからでも良いんじゃない?」と、辰也。
「というか、蓮が、これだ!って思う物がみつかるなら、いつでも良いんだけどね」
「目標は持った方が良いよ。それによって入る大学の選考も変わってくるんだし」
「あと、3年かぁ…蓮はどんな大人になるのかなぁ」
「ぷっ…。辰也はすっかり兄貴だね。というより、父親みたいな目線で見てない?」
と、涼平が笑う。
「まったく、蓮の心配より自分のことも考えなよ。毎週末あそこにいるんでしょ?」
「え?ダメ?…休みの日グダグダしちゃうからさぁ…」辰也は慌てた「暇なんだもん」
「なんか趣味とかないの?辰の会社、海に近いし、サーフィンとかヨットとかさぁ」
「俺ぇ?そういうタイプじゃねぇよ」
「でも、できるものがあるなら挑戦してみたら良いのに。暇で、お金もあって、できる環境があるんだよ?自由で、なんでもできるじゃん。」
「う~ん。俺…山の方が良いかも…木とか草とか扱ってたい」
「あ、じゃあキャンプは?一人キャンプ流行ってるし。焚火して、食べる魚も川で釣って…」
と、言うと、涼平は一瞬黙り込んだ。蓮は何気なく涼平を見ると、にこやかだった顔は、能面のように表情が硬い。
「何も一人でやらなくても良いよね。彼女とか作りなよぉ」
と、さっと笑顔になって、辰也の肩を抱いた。
無理やり笑顔を作ったように、蓮には見えた。辰也を見ると、何故か寂しそうに笑った、ように蓮には見えた。
この人たちは、何か、隠している。
蓮は、いつも漠然と思っていることがある。この人たちとは、辰也、涼平、大助、そして智子に、だ。それとは違うが、また別な意味で踏み込めない相手がいる。
智子の夫、明人だ。
このハウスに来た頃、ラウルもすでにいて、自分が最後に入った子供だった。
ラウルはまだヨチヨチしていて、辰也たちは高校生くらい、育ち盛りの男子が4,5人いて賑やかで、ワサワサしていたのを覚えている。
祥太と亮太は良く喧嘩して、大助はずっと動いてて、涼平はトラブルに巻き込まれないようにクールに過ごし、光がたまにきて、色んなものをまとめて行った。
浩二は、自分より1年くらい前に入っていて、最後に自分が入った。
本当は、経営状況などの理由から受け入れてもらえないはずだったが、智子が各所に懇願したらしい。
辰也は…ものすごい反抗期…。今の自分なんかよりもっと激しかった。話さない、笑わない、というより部屋から出ない。
特に智子に対してイライラしていて、明人が仲介して、やりとりしていたのを覚えている。
「しょうがねぇよ、激しい反抗期じゃん?」と、祥太。
「まったくないより、あった方が良いらしい」と、亮太。
「時期が過ぎれば、自然と収まるだろ」と、光。
「わかってて、自分にイライラするんだよね」と、涼平。
「全部、吐き出しちゃえばいいんだよ」と、大助。
「難しいお年頃やねぇ」と、浩二。
小さかった蓮は、思春期や反抗期が良くわからなかったが、何しろ辰也が怖くて、ハウスに来てしばらくは、話すことはもちろん、見ることすらできなかった。
だが…。
オレンジ2 につづく