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空の色 海の色

*トップ画像はTwitter(現X)のT.K.G様(@TKG1447583)が挙げて下さったメッセージカード用イラストを許諾を得て使わせて頂いています。
T.K.G様有難うございます。*

(『本好きの下剋上』二次創作です。
*ネタバレを含みます、ご承知おきください。)

「わたくしたちの色ですね」
隣を歩くローゼマインがへにゃりと笑いながら水平線を差して言った。
晴れ渡ったアレキサンドリアの水色の空。それは確かに私の髪の色だ。
遠くに見える凪いだ深い紺碧の海は、そういう彼女の髪の色のようにキラキラと輝く。
私が死地に赴く覚悟で来た当初(その当時はアーレンスバッハという名の)領地の海は暗く淀みきっていたのだが。
今現在呑気に笑っているローゼマインが、まさにその命を懸けて行った大魔術の結果、遠く深くどこまでも蒼く澄み渡り、彼女の好物である「おさかな」も肥えた群れを成して泳ぎ廻り、海藻も貝も豊富である。

その美しい風景の中で私だけが黒い影となっていた。
私の最愛が新しい命を宿し、平たかった腹が膨らんでいく。
私はそれが恐ろしい。
周囲の者たちが心から喜び、日々赤子のための準備に勤しんでいる。
アウブの仕事を皆で減らせるよう分け合い、程よい運動、程よい栄養をと。丈夫になったとはいえ基本的には虚弱なローゼマインを気遣いながら。
私はそれでも怖くてたまらない。
もし万が一にもローゼマインに何かあったら…?
魔石になるべく生まれてきた私が父になる…?
勝てない勝負はしないと常に言い切ってきた私だが、ローゼマイン一人の身体に負荷がかかるだけの出産の場面でいったい何ができよう?
勿論専属の医師として精一杯のことはする。
神々に祈りもしよう。守りも作ろう。敵は排除しよう。
だが、この言い知れぬ不安の前に私はいつの間にかぼんやりと立ち尽くす。
非力なのだ。あまりにも私は。生むのは彼女だ。危険は彼女にしかない。
ローゼマインをもし失うことがあったら…!
…生きてはいけぬ!!

「フェルディナンド様?」
彼女は結局二人になるといつも「様」を付けてしまう。
アレキサンドリアの海を見晴らしながらぐるりと散歩ができるように道が整備されていた。
少しだけ目立ってきた(元々が細身なのでまださほどでもないが)おなかを押さえながら、立ち止まった私を見上げる。
このところよく眠れていない私を気遣ったからこそ、この散歩に誘ってきたのは知っている。悪阻がようやく収まってきたとはいえ、まだまだ辛いのは自分の方ではないのか?それなのに気を使わせている。
私はいったい何をしているのだろう、私こそが不安な彼女を支えなくてはいけないのに。
「…いや、なんでもない…」
気を取り直して歩き出そうとした私の手をローゼマインがしっかりと握ってきた。
「最近あまりよく眠れていらっしゃらないでしょう?あちらにお茶を用意してもらっていますので、少し休みましょう?」
私の暗い表情を見てとっても、尚、どこかおおらかに微笑む。
散歩道の途中にこしらえてある東屋までエスコートしてゆっくり進んだ。
私自身の重い身体を下ろし並んで座った途端に、どうにも堪えがたい哀しみが私を襲ってきた。

神々の過剰な祝福による魔力を枯渇させたあと、手を尽くしても力なく私の腕にあったローゼマイン。呼べど意識が戻らず、だらりと垂れた両腕、細い身体を抱きかかえながら、長いまつ毛の閉ざされた瞼が青白かったのをよく覚えている。
力及ばずこのままはるか高みに上ってしまうのかと思えたあの恐怖の時間。
耐えがたいほど長く感じたあの時間!
何か不安なことがあると繰り返し夢に出てくる。そしてゆうべもまた。
私は思わず顔を覆って呻いた。
「…ローゼマイン…、私は…」
涙が溢れてきた。情けない男だ、私は。
たくさんあなたの子供が欲しいと常々言ってきた彼女に、子を諦めてくれと言うことも出来ない。
その言葉が嬉しくなかったわけでもない。なのに…私にその資格があるのか?誰にも生を望まれなかった私に。
流れる涙をどうすることも出来ずにいると、いきなりがばっと暖かく柔らかい胸が私の頭を抱え込んだ。この感触には既視感がある。
ローゼマインにはいつも慎みなどないのだ。
「は、離しなさい!!」
距離を置いてはいるが側近たちは目の届くところにいる。
私が顔を覆っていて涙を流しているなど思いもしていないだろう。
そこまでは見えぬ。
だが、彼女はまるで子供をあやすように私の背中を優しく撫でながら歌うように言う。
「大丈夫ですよ、フェルディナンド様。私は絶対に死にません。
私のフェルディナンド様。だから安心してください。
母親というものは強いのですよ?
新しい命、私たちの宝物が私をも生かすのです。」
まるで子守歌のように囁くように私の耳元に届く彼女のアルトの声。
背中を撫でる手が暖かく優しい。
私は彼女の腰に手を回し彼女の柔らかい胸に抱かれたまま、しばらくその声を聴いた。涙が止まらない。こんなことは今までになかった。
繰り返される「大丈夫ですよ、大丈夫ですよ」という優しい声がさらに私をあやす。「ご存じですか?私たちは海から生まれたのです。
命はあの海からやってきたのですよ、フェルディナンド様。」

「海から…?」思わず顔を上げて彼女を仰ぎ見た。
慈愛の女神のような美しい私の妻が言う。
「そうです、命はすべて海からやってきたのです。私の髪の色の深い海の底から。そして私の胎内の海から生まれるんです。」
海から生まれ、身の内の海に命を宿す私の女神。
そのイメージはただひたすらに尊かった。
「だからきっと大丈夫!」
呑気で明るい声が言う。
何も理屈にはなっていないが、不思議と笑えた。
「…そうか」
凍っていた不安が暖かい涙と一緒に流れていくような気がした。
だから私はローゼマインに敵わない。

(補足)
「私は死にまっしぇん」っていう名ゼリフがあった昔のドラマをなんとなく思い出したのときっと重いパタニティブルーに悩むフェルディナンドがいると思って。アレキの青い空と碧い海は最高のフェルマイカラーだね、と呟いた時に書いてみたくなって書きました。







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