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~リアル・ファンタジー~ 草間さかえ『地下鉄の犬』

(drapコミックス 電子書籍版が現在入手可能です。
感想、ネタバレありますのでご承知おきください。)

草間さかえが好きだ!大好きだ!
今まで私のセレクトはけっこうじれじれした感じの乙女系の作品が多いように自分でも思うのだけど、草間作品は違う。え、そんなに簡単にイキマスか、というくらい思い切りよく先の段階に進んだりする。いいのかそんなにぐいぐいと先に進んでも~という作品は勿論BLには多いのだけど、でもそれが安直というのではないところがミソ。
最初に出会った作品は『災厄の手引き』『肉食獣のテーブルマナー』だったりしたのだけど、絵に独特の硬さがあり、コマ割りもオリジナル(隙間がない!)ものすごい個性だなあ!という驚きの作品群だった。私が子供の頃に読んだ児童文学の挿絵の方(特に特定の誰かというのではないのだけど)をなんとなく思い出したりし、どこかぎこちないような感じがともかく好みだった。最近作は勿論もっと絵は熟れているのだけど独特の空気感は変わらず。
『地下鉄の犬』も良かった。離婚して1人転居し孤独を感じる主人公・篠田課長は会社では出来る上司で部下には信頼もされ人気も高い。余計なことを考えたくなくて眼鏡をはずして慣れない道を歩いて電信柱にぶつかり、それが縁で煙草屋兼骨董店を営む若い男・朝倉と知り合う。
朝倉は根っからのゲイだが、篠田はそうではない。
だが2人が知り合ってから徐々に朝倉との関係に癒しと愛情を感じ始めていた篠田は結局は自らの必要としている相手が同性の朝倉であることをついには受け入れるのだった。
 物語としては出会いから恋人関係になるまで特に際立って変わった話ではないのだけど、草間の描く作品はこれに限らずだが、凄く自然だ。何がそこまで自然なんだろうと考えた際、主人公達の生活が仕事も含めて実にリアルに細やかに描ける筆力の凄さということに気付いた。私の好きな作家さん達はすべてこのリアルさを持っている。キャラが立つということはまさに生活が描ける、描かなくて済む部分まで読者に想像させる奥行きと深さを持っている、だから物語にすーっと入りこんでいける。

 私はしがない会社員だが実は自分の仕事が好きだ。それが例え雑用の消化であってさえも。そのせいか漫画にリアルな仕事シーンがきちんと描かれるのがかなり好きだ。なんだかよく分からない職種の、なんだかよく分からないがお金持ちという設定でなんの仕事をこなしてるのかさっぱり分からない主人公がそれでもなぜだか社長秘書にいきなり抜擢されて当の社長とラブラブ~みたいな話はだからあまり読んでも面白くない。
(*注*特に特定のマンガをイメージしたわけではありません。)
 『地下鉄の犬』と同時期に『真昼の恋』も読んだのだが、これもまあこの工場ホントにどっかにあるでしょう?というくらいの実在感がある。
主人公の仕事も発注側として受注側として納期のこと、使う機械や書式などなど、実際にこういう職場にいらしたことが?と作者に聞きたくなってしまうくらい。
『地下鉄の犬』では篠田の会社の具体的な業種は不明だが、部下との会話、休憩室で集まってる様子、空気を読まない部下の存在、周囲の女子社員の様子、篠田のビジネスバッグ、スーツ姿などなど一々納得の描写なんである。一方の朝倉の暮らしは煙草屋兼骨董店という、実際にはなかなかないような設定なのだが、これがさらっと描きこまれた狭い路地を入っていけばきっとこういう店があって珈琲を上がり框で飲ませて貰えるんじゃないか、行ってみたいよこの店!とつい憧憬してしまうような暮らしぶりなんである。 
 リアリティはありながらもどこかファンタジー。茶道教室の看板を探して狭い路地を回り込んでみたいと夢想させるほどの。これがじれじれ要素の次の私のツボなのかもしれない。
祖父の遺した大事な骨董を割ってしまい金でツギをあてながら大事に使う。書きかけの小説の原稿を仕舞っておくのにちょうどいい文箱を手に入れる。「かわいい」という感情は「好きだ」に代わる。自分にしっくりくるものを見つけ愛し育みながら大事に生活して行く日々。
地下鉄で見かけた行き処のないはぐれ犬に自分の現在を重ねた主人公が手に入れたのはささやかな幸福の日々だった。
リアルなファンタジーというのは形容矛盾なのだが、私の好きな草間作品はいずれにもそれがある。いつもいつでも新作を楽しみに待っている。

(補足*昔、サイトで公開していたBL作品紹介文に少し手を入れて再掲します。<24のセンチメント>13 )

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