H29.12.6受信料最高裁判決批判(3)

2契約の自由について

 契約自由の原則は、憲法上明記されてないが、近代法の前提たる平等を実現するには当然の原則であり、具体的条文を求めるなら憲法13条に含まれる人権である。したがって、その制約は必要最小限度でなければならないことは、憲法学界では自明のことである。勿論、私法の領域において、すでに契約自由の原則は修正されているが、その制約も、人権である限り、憲法の公共の福祉のもと(一般に言われる、「実質的公平の原理」である。)、必要最小限度の制約でなければならない。以下、最高裁の認定した制約原理が、必要最小限度を超えるものであることを示す。

2.1受信契約承諾請求権の存否
 裁判所は、これまでも、NHKに受信契約承諾請求権が存在することを前提に、訴訟を受け入れてきている。しかし、放送法64条1項からは、そのような請求権が直ちに認められるかは甚だ疑問である。というのは、放送法が規定するのは「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」であって、受信機設置者に契約義務があるとしているだけだからである。例えば、自動車損害賠償保障法5条が「自動車は、これについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険又は自動車損害賠償責任共済の契約が締結されているものでなければ、運行の用に供してはならない。」と規定しているからといって、保険会社が、自動車を所有しながら無保険で公道を走行する者に対して、保険契約締結請求権を有しないのと同様である。契約の相手方がNHKしか存在しないとしても、当然にNHKに受信契約承諾請求権が認められるわけではない。
 
 放送法は放送行政に関する公法であるから、条文上にその主体が明記されていなくとも、その執行者は政府・総務大臣である。放送法4条が放送事業者に対して、放送番組の編集に関して一定の義務を課しているが、これに違反した放送事業者に対して、国民が是正請求をなす権利があるわけではなく、総務大臣の権限であるように、権受信設備を設置しながら契約を締結しないものに対して、契約を締結するよう請求できるとすれば、それも総務大臣の権限である。国と国民とは本来的に不対等関係であり、いわば支配服従の関係にあるから、憲法が許す限りで、国は国民に対して一方的に命令することができるが、放送事業や教育などの非権力的分野では国と国民も対等関係であり、国民の意思に反して何らかの命令をすることはできない。放送や教育などのサービスが、いくら重要であっても、それを得るかどうかは個々の国民次第であって、強制することはできないのだから、憲法26条2項は、教育サービスを強制することになる義務教育について、無償とする規定を置いているのである。このような憲法上の根拠なしに、NHKの放送を必要とせず民放だけを受信したい者の自由を制限するような、契約の強制をすることはできない。仮に、権力の行使だとしても、その行使を国家機関ではないNHKに委任し、受信設備設置者に対して契約承諾請求權を行使させることはできない。日本国憲法は、代表民主政を人類普遍の原理とまで強固に謳っており、国家機関以外の者が権力を行使することは、憲法に明示的例外が規定されていない限り許さないからである(なお、高速道路株式会社に料金所の通行方法を定めさせ、その違反者に対して刑罰を科す構成となっている道路整備特別措置法の問題を指摘するものに、松宮孝明「白地刑罰法規の規範補充を私人に委ねることと罪刑法定の原則」立命館法学2008年5・6号(321・322号)があるが、高速道路株式会社は、NHKと同じ特殊法人ながら、本来、国家の行う事業を担っており、株主は財務大臣と関係地方公共団体であることを考慮する必要がある。)。
 
 ここで、岡部裁判官補足意見は、「放送法は、主に原告その他の放送主体の組織及び業務について規定しており、公法であると性格付けられるものである。しかし、公法であっても私権の発生要件について規定することもあり得るところである」とする。このような論理は、水産業協同組合法25条に関して、漁業協同組合の組合員たる資格を有する者が組合加入の申込をしたときは、組合は、正当な理由がない限り、その申込を承諾しなければならない私法上の義務を負うとした事件(最判S55.12.11民集34.7.872)にも見られるところであるが、私権についての規定である以上、一方が、他方の自由な意思に反して請求できるとするには、「必要かつ合理的な制度」という根拠では不十分である。そこには、電気事業法やガス事業法や医師法にみられるように、事業者が消費者や患者の申込みを拒否することによって生じる、生命や健康への危険を回避するため等の強い理由が必要である。しかし、放送の受信は、生命や健康に関わるものではなく、また、その契約によって、危険を回避できるものでもなく、単にNHKの維持運営費にすぎないのであるから、NHKからの受信契約承諾請求を、NHKの放送を必要とせず民放だけを受信したい者に強制する理由とはならない。
 
 NHKが特別な理由から設置された特別の存在であろうとも、そのような請求権が当然に認められるわけではない。岡部裁判官補足意見は「放送法の規定中に受信契約締結義務が定められたのは、同法の立法に至る経過において、原告の財政基盤確保の方法が変遷したことによるものである。その規定を読めば,①受信設備を設置したこと、②原告による受信契約申込みの意思表示がなされたことというニつの要件を充足することによって、原告が当該受信設備を設置した者に対して受信契約承諾請求権を取得することになると理解できる。」とするが、これは放送法の制定過程の一面しか見ていない。というのは、NHKを主体としたなんらかの権利は、条文上、否定されてきたのである。
 
 その過程をみると、放送法が制定された昭和25年は、わが国はまだ占領下にあったので、放送法の制定にあたってはGHQの意向を確認する必要があった。そこでの、わが国政府とGHQの間に放送法制定をめぐるやり取りを見ていくと、GHQは様々な「示唆」をしたことになっている。その中で受信料については、当初、すべての受信器所有者から聴取料を取る権利を規定によって与えられるべきとしており、これを受けて作られた放送法案(1948年6月18日)では、「協会は、その提供する放送を受信することのできる受信設備を設置した者から、受信料を徴収することができる。」と規定された。明確にNHKに対して、受信料徴収権を与えていたのであるが、この案は、全体として国家による統制色が強かったために、民政局から、NHKの性質は、日本国有鉄道公社と日本専売公社と同様の公社であるとし、公法による法人であることを考慮するようにという意見がつけられた。そこで新たに放送法案(1949年3月1日)が作られたのであるが、その際、受信料については、「協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約を締結したものとみなす。」と変更され、NHKに権限を付与したものとは読めない規定となった。さらにこの案は変更され、閣議決定された放送法案(1949年10月12日)では、法文中に受信料月額が明記されるとともに、受信契約については「協会の標準放送を受信することのできる受信設備を設置した者は、協会とその放送の受信についての契約をしなければならない。」となったのである。
 
 このように、NHKに明示的に権限を与えた規定から、国民に対して契約を命じる規定に変わり、NHKの財源を確保する手段から強制性が減らされてきた事実については、意見書にも記載されている。意見書が本判決にあたって参考に留まる程度のものであっても、NHKの受信契約承諾請求権の存否に関して、根本的な事項である。このような変化を認識しながら、岡部裁判官は、「原告が当該受信設備を設置した者に対して受信契約承諾請求権を取得することになると理解できる。」としているのである。
 
 以上のように、NHKには受信契約承諾請求権が認められない。しかし、逆に、受信設備設置者はそのような請求権を有する。NHKが受信契約の申込みに応じないということがあれば、受信設備設置者が放送法に違反する状態に置かれるからであり、また、「知る権利(岡部裁判官補足意見にいう「情報摂取の自由」)」を阻害することになるからである。その意味で、NHKは受信契約を承諾する義務が課されているのである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?