26歳新人・加藤千華が見せてくれた景色
現役銀行員が挑んだ国政選挙
10月28日、選挙を終えた翌日の早朝。鎌倉駅前に、いつものように朝のお声がけをする彼女の姿があった。
加藤ちか、26歳。みずほ銀行の現役行員ながら、職場に許可をもらい、週3日銀行での仕事、週4日を政治活動に充てる異色のスタイルで、地元鎌倉をエリアとする神奈川4区から衆議院選挙に挑んだ。
結果として、小選挙区では現職の衆議院議員である立憲民主党の早稲田ゆき氏が当選。神奈川、千葉の南関東ブロックでは日本維新の会で2番目の得票数34,625票を獲得するも、惜敗率で及ばず、比例でも当選とはならなかった。
筆者の渡部が彼女と初めて会ったのは今年の夏。地域のコミュニティの場に顔を出していたときに偶然同じグループになり、そこで少し話をしたのがきっかけだった。
「国政を目指しています!」
ぱっと見た感じは笑顔が素敵で、タレント的な華のある女性。しかし、そのルックスからは想像できないその一言に「え??本当に!?」とびっくりしたのを今でも覚えている。
こんな若者が国政に出て日本を変えたいと思っていて、それが偶然にも自分が住む鎌倉の選挙区から立候補しようとしているのなら、映像や写真を生業としている自分も何か力になれないかと思い、そこから今日までの数ヶ月、まさに闘いの日々が始まった。
メディアの人間として書き留めておきたかった景色
今回、私がこの記事を書こうと思ったのは、彼女のこれまでの選挙戦の日々をまとめとして記録に残したいからではない。なかなか経験できない立候補者の近くで選挙戦を見ていく中で、これまで見えてこなかった景色や、課題、さまざまなものが見えた。そして、それはメディアの世界に生きる人間の一人として、発信しておくべきだと感じたからだ。
去年の夏まで私はディレクターとして、18年NHKに在籍していた。専門は音楽やバラエティ番組の制作だが、選挙はNHK総動員だ。国政選挙の時には、中継先の立候補者の事務所でフロアディレクターを務め、NHKが幹事社であれば、民放も含めて各テレビ局を束ねて各カメラの置く場所を差配したり、部屋の左右に2台置かれたテレビは一つはNHK、もう一つは民放をつけて、中継が入る直前にはテレビのボリュームを消して、アナウンサーにQを出すなど、選挙の現場も経験した。
しかし、あくまでテレビ局側の人間、選挙は平等に扱わないといけないし、そこまでどっぷりどこかの立候補者に入り込むことはない。そんな中で、独立したフリーの身として、今回の選挙戦は私自身にとっても新鮮だった。だからこそ、感じたことをここに留めておきたいと感じた。
仕事柄、また自身の関心から政治や経済については日頃からアンテナは張ってきた方だが、正直なところ恥ずかしい話、右だとか左だとか、保守とか、そういう概念や思想はあまり詳しくない、というか疎い。私は鎌倉に移り住んだのは去年の7月。まさにNHKを辞めて何も縁のない鎌倉に移り住んだ。そんな中でこの地域の選挙区がどういう情勢や支持基盤で構成された街なのかもよくわかっていなかった。そして、徐々に理解はしていくものの、本当の姿、現実はやはり開票直後に身をもって知ることとなる。
現職の議員が地盤を固める神奈川4区
神奈川4区は横浜市栄区、鎌倉市、逗子市、葉山町で構成される。衆議院で言えば、現職の立憲民主党の早稲田ゆき氏が非常に強い選挙区だ。これまでに市議2期、県議2期を務め、誰に聞いても「早稲田さんが強い」と口を揃えていう。鎌倉市内の老舗の中華料理店の店員さんも言っていた。「どこのお祭り行っても早稲田さんいますよー」と。
そして、統一教会とのズブズブの関係が明るみになった自民党の山本朋広衆議院議員。さらに参政党の新人・津野照久氏。
前回の衆院選は、早稲田ゆき氏が小選挙区を制し、山本朋広氏は比例で当選。今回はマザームーン山本氏は比例含めても厳しい戦線は予想でき、メディアも連日報道していた。強固な地盤を持つ早稲田氏に新人加藤ちかがどう臨むか、どこまで戦えるのか、そこが一つのポイントになっていた。
加藤ちかは何をしたいのか
まず、彼女に依頼されたのは、誰も加藤ちかのことを知らないのでプロモーション映像を作ってほしい、というものだった。政治家のプロモーション映像はよく知らなかったが、イメージとして演説で連呼する姿や、有権者と強い握手をする姿、とにかく力強く訴えかけている映像が頭に浮かんだ。
でも、目の前で話す彼女をみていて、「いや、違うな」と感じた。
8月下旬の頃だった。そうした政策を訴える強い絵は選挙戦にならないとなかなか映像化できないし、何より、それが加藤ちかなんだろうか、と感じた。26歳の加藤ちかはどんな人間なのか、色々深掘りしていくと、とにかくこの日本に感謝していた。平和で豊かで安全に暮らせるこの日本を築いてくれた先人たちへの感謝。なかなかそんなことをストレートに他人に話す人も珍しい。「面白いな」まず、そう感じた。
素直に、加藤ちかを撮ってみよう。彼女の見た目、特徴、良き部分も活かしつつ、その中にある強い芯も見せていく。そうして作ったのがこのプロモーション映像だ。
この映像を見ただけでは、「なんかアイドル気取り?」「かわいい路線で売りたいの?」そんな声も当然想像につく。結構賭けでもあった。もちろん、成功したか、失敗だったか、それはわからない。なかなかうまくリーチし切れていない反省点もある。ただ、彼女が新人として、この選挙区で戦おうとして、いわゆる政治家のプロモーション映像を作ったところで、弱いと感じていた。そして、何より、その彼女の中にある「芯」がまだ弱かったのだ。
国政を目指す政治家にとって、志はもちろん大事だが、それより重要なのは政策である。何を課題と認識し、それを自身が国会議員になったらどのように対策、解決しようと活動していくのか。その思いがどれほど自分の胸の中にあるのか。
もう9月になり、本来なら自分の考えや政策を多くの人に訴え、自分を知ってもらうために街を歩き回り、チラシを配って読んでもらう時期だった。
その頃、一つラフのチラシが出来ていたが、そこに書いていることはもちろん字面としては正しいが、それが加藤ちかがやらなければならないことなのか、なぜそれを課題と認識しているのか、彼女に掘り下げたときに、彼女のまだ定まっていないボロが見え出した。
そこから私は、映像だけでなくチラシの文面、デザイン含めて、彼女をトータルでコンサルすることにした。
ある夜の日、鎌倉の地域の人たちが集う場に加藤ちかが訪ねるというので、一緒にお邪魔した。
彼女は何枚ものページがホッチキス留めされた分厚い資料を一人一人に配り、今自分が考えている政策、思いを参加者の皆さんに伝えた。
ただ、沈黙が続いた。その分厚い資料をめくろうとする人もいない。
皆、どう声をかけていいか、多少遠慮の気持ちもありながら、言葉を選びながら助言を始める。
でも、私はわかっていた。もう時間がない、と。
掘り下げても掘り下げても、加藤ちかの中で、破り切れてない殻があった。そこをぶち破らないと、その先が見えない。
「すみません、カメラマンの僕が偉そうに言う立場じゃないんですが、ぶっちゃけ本音でいいので、加藤ちかにガンガン当たってください。このチラシでいいと思いますか?彼女の言ってること響きますか?僕、全く心に響いてないんですよ。だって、それ彼女がやる必要ないでしょ。皆さんいかがですか?」
あえて、地獄の場所を作った。そこにいるのは、大企業の社長さんやビジネスの大先輩の方々ばかり。政治家なんて信用していない、嫌いだ、と言う人ばかりだった。だけど、26歳の若者が政治家を志しているのなら、と一気に場はヒートアップしていった。
加藤ちかをどう見せるか
たくさんの人にお話を伺いながら、少しずつ「加藤ちかがやるべきこと」が明確になっていった。本当は、選挙戦を迎える前にYouTubeなどSNSなども使いながら自分の思いや人となりを知ってもらうためにコンテンツをどんどん出していこうとも考えていたが、毎日毎日が必死で、自分と向き合うことでいっぱいいっぱいだった。
そして、あっという間に公示日を迎えた。
「頑張りますよ!」
公示日の朝、願掛けで鶴岡八幡宮にお参りに行く途中、彼女は力強くそう言った。
選挙戦が始まってからの日々はXやSNSをご覧になられた方々はお分かりのように、演説の様子や夜にその日の振り返りを行った。
連日の街頭演説でクタクタになって動画を撮れそうにない日も何度もあった。でも、「今やらずいつやるんだ」そう厳しい言葉を交わしながら、毎日投稿を続けた。この日々の投稿で、急速にフォロワーも増え、応援のお言葉もいただいていき、彼女自身大きなパワーをもらっていった。
厳しい維新の情勢。苦しすぎた比例
10月27日、いよいよ投票日を迎えた。かつて厳しい言葉をかけてくださった方々が集まる場に再び寄った。皆でテレビを見ながら、祈った。
開票後まもなくして早稲田氏の当確が打たれ、小選挙区はあっけなく結末を迎えた。最終的に早稲田氏96,874票に対し、加藤ちかは34,625票で大きく引き離された結果となり、山本氏にも得票数では負けた。
しかし、ほぼ誰も知らないところからこの短期間で3万票以上の投票をしてくださったことは彼女にとって何よりの財産だった。
一方で初めてこの街で選挙に触れた私は、早稲田氏の当確が出た時、「ここまで強いのか」と思い知らされた。と、同時に、もっと若者の投票があれば、とも悔しんだ。神奈川の20の選挙区のうち4区は最高の得票率で59.12%(神奈川新聞調査)。鎌倉市に限れば、60.08%だった。全国と比べても投票率は高い方ではある。年齢別の集計は出ていないので、若年層の投票率はわからないからなんとも言えないが、投票率が低ければ、やはり地盤が強かったり特定の支持母体がある党はどうしても強くなる。もちろん、今回の加藤ちかの思いやメッセージ、認知度がしっかりと若年層や現役世代にそもそも伝わり切ったのか、そこも課題ではあるが。
早稲田氏が強いのは見えていたが、一抹の望みをかけていたのが比例であった。しかし、この可能性に2つのことが大きな壁となった。立候補者の構図、そして維新の自爆。
今回、神奈川4区は4人しか立候補者がいない。前回の衆院選でも野党共闘となり、共産党、社民党、れいわは、立憲民主党の早稲田氏に託している。そんな中で、自民党の山本氏は統一教会がらみで大きく票を失うことが予想された。そうすると、問題となってくるのが、比例の惜敗率だ。比例は、当選者の得票数に対して、自身の得票数が何割か、その惜敗率が高い人が当選の可能性が高くなるわけだが、立候補者が少ない区で、さらに一強の構図になると、得票数が散らばらないので、接戦とならず、惜敗率はどうしても低くなってしまう。それが仇となった。
NHKの選挙速報ページで開票率が更新されては、惜敗率を計算する。そんな時間がずっと続いた。開票まもない頃は、加藤ちかは南関東ブロックでは日本維新の党で2番手あたりだった。しかし、徐々に開票が進み、早稲田氏の得票数が伸びていくと、引き離されていき、終盤は4番手、5番手あたりの惜敗率を行き来していた。最終的に日本維新の党は、今回の衆院選、前回から議席数を減らし、比例では数百万票減らし、南関東では議席数2のみとなり、加藤ちかが比例当選する可能性も失った。最終的には届かなかったが、3つ、4つ、議席の獲得を予想はしていた。しかし、そんな希望は儚いかな、全く手に届かない状況で唖然とした。
これは全国選挙である
私は別に維新の党員でもないし、こういう仕事をしている身としてもどこかの政党にずっぷり入り込むことによる弊害もある程度想像はつくので、自分のポジショニングは常に意識してきた。今回はある種、主観的にも客観的にも選挙戦を見つめられる立ち位置にあったことで、あえて厳しいことを述べたい。
正直、今回の一番の選挙の負けは自民党ではなく日本維新の会だと思っている。地元の大阪では圧勝したかもしれない。しかし、それ以外は悲惨な結果だった。選挙戦を迎えてからも、公認として支部長に任命されていたとしても、「こんなにサポートが薄いのか」とさえ、側から見ていて感じた。Xのコメントでもそのようなご意見を頂戴した。幹事長や参議院議員などもちろん応援はあった。ただ、党の上層部たち、また離党したばかりの人間たちの連日のSNS上での低いレベルでの争い、罵倒、そうしたものが連日タイムラインに流れ、目にし、正直「何をやってんだ」と情けなく感じた。準キー局の元アナウンサーを参院選に向けて擁立していたが、関東に住む者からすると、正直インパクトもなく、それより今、目の前の衆院選に臨む立候補者たちをしっかりとサポートしてくれと感じたものだ。
コンテンツを作る人間であるので、やはり維新が公式で日々発信するコンテンツにも目を光らせてチェックはしてきた。オフィシャルのポスター用写真のスタジオ風景のメイキングなど、お金をかけているなぁと感じる映像も多々見かけたが、そのプロモーションの仕方には疑問を感じていた。誰に伝えたいんだろう、それを見てどう感じてほしいんだろう、心のズレは深まるばかりだった。
今回、自民党の惨敗は予想できた。その中で、野党にとってみれば、どの党にとっても最大のチャンスだったはずだ。
早速、橋下徹氏は維新の馬場代表の責任を訴え始めている。当然と言える。
加藤ちかがどんな経緯で日本維新の会から立候補したのかは私は知らないし、選挙に出るということはそれなりにお金もかかるし、党が公認して立候補できるというのはとても光栄なことであるし、そこに横やりを入れるつもりはない。維新を支持する方々が連日、激励のコメントもXに寄せてくださった。大きなパワーだ。政党の政策もしっかり自分の中に落とし込み、そこと自分の思いを照らしながら、自分なりの言葉を整理していった。政党の政策をコピーして訴えたわけではなく、自身が本当に訴えたいこと、変えていきたいことを真剣に考え、有権者の皆さんに丁寧に届けていった。
しかし、どうだろう。やはり一定数、維新に対する厳しい意見もあった。「維新じゃなければ投票したのに。」これには返す言葉がない。もちろん、人それぞれ思想や考え、支持したい党があっても、当然だ。しかし、このネガティブな感情はそれだけでないように感じる。SNSを見れば、党執行部が連日色々なことで賑わっているし、離党した者が党批判を繰り返す。外から見れば、どっちもどっちだ。あなたたちの見えないところで、どれだけ末端の立候補者たちが真剣に取り組み、声をあげていっても、その努力があなたたちの振る舞い一つで、簡単に踏み躙られてしまうこの現実を、もっと真剣に受け止めてほしい。
悔しいが、現実
そして、何よりこの選挙戦を通じて感じたのは、組織票の強さである。私はNHK時代にNHK労組の専従を経験している。職員個々への投票や呼びかけなどは全くないが、NHKは連合の一員に当たる。組織として連合を支持しているわけでは決してないが、専従時代に連合の会合や集会を経験して、その巨大なネットワークを肌をもって感じていた。連合は立憲民主党を推している。やはりその組織票は比例の圧倒的な得票数にもしっかり反映されているだろう。
あれだけ一生懸命政策や思いを考えて訴えても、圧倒的な支持母体の数で簡単に飲み込まれて結論が出てしまう選挙。もちろん、それを強みにして戦うのも選挙。使わない人間がそこに文句を言っても意味がない。
でも少しでもその影響を減らしたければ、やはり、もっともっと投票率を高めるしかないのだ。投票数が少なければ少ないほど、高齢層の保守への投票や組織票で太刀打ちできない。もっともっと若者も含め一人一人が自分ごととなって、投票に行かなければいけない。投票に行かない人間は、この国の虚しい為体を批判する権利もない。
これからの加藤ちかに期待すること
加藤ちかは今回の選挙で「挑戦」する姿を見せてくれた。小さいお子さんがお手紙を届ける様子、中高生たちが駆けつけ、投票権はないけど応援しているとエールを送る様子、自分も政治家目指しています、と勇気をもらっている若者たちの様子、社会人をしながらどうやって選挙活動をしてきたのか、参考にしたいという青年の姿。この数日だけでもさまざまな美しい景色を見せてくれた。
若い世代だけでなく、彼女くらいの年頃の娘さんや孫を持つ幅広い人たちが、温かい声をかけていた。
「これからどうしよっか!」
早速、彼女を囲んで皆何かワクワクしている。加藤ちかのこの先を皆自分ごととして語りあう。もちろん、この人たちだけではない。有権者の皆さん全員がこの加藤ちかをどう使い倒すか、考える楽しみができた。
これは私の勝手な思いだが、加藤ちかは今回国会議員にはなれなかったが、この神奈川4区、いや、エリアを超えて、地域や日本の課題と向き合い、発信していく「顔」になってほしい。県議会議員でも市議会議員でもない。このまちに住む一人の住民にすぎない。でも、彼女の人を惹きつける純粋なところや、人懐っこいところ、ルックス、思い、信念、トータルで見て、これから前に出てくる人材だと感じる。次の参院選は年齢的にまだ出られないが、いつかまた来る衆院選はもちろんのこと、国政を待たずとしても、またこれから新しい挑戦を皆で見届けたい。
肩書きは無くても、この街の顔になれ。
今日もその笑顔を届けてください。
がんばれ、加藤ちか!
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