父に似ている
「パパのほうのおばあちゃんに似ちゃったね」
「性格がパパに似てきたね」
「頭の鉢が開いてる、パパに似ちゃったね」
わたしの父にまつわることばは、常に消極的なニュアンスを含んでいた。
父。
様々な人種が混ざった、端正な顔。
近所の子達が羨ましがった。長い髪を後ろでしばって、いつも、やたら大きなTシャツと、バスケ部みたいな短パンをはいていた。
気分の良い日はキーボードを弾いた。
ドナルド・フェイゲンか、ビリー・ジョエルをよく通る高い声で歌った。
小さいわたしをスケボーに乗せて、アパートの近くの短い坂を何回も、何回も、滑らせた。
わたしが落っこちると、また高い声で笑った。
映画に連れて行ってくれた。
ミッション・イン・ポッシブルを観た。
ふたりとも映画に夢中で、何も飲み食いできなかった。
外のベンチで、ポップコーンと握りつぶした何か(ケチャップ味のお米が包まれたケバブラップのようなもの)を、黙々と食べた。
そのあと、わたしをみて、何か猿みたいだなと言って優しく笑った。
シーカヤックに、わたしを乗せて、葉山のずっと先まで漕いで、ゆうじろう灯台を見せてくれた。
ベタ凪の、オイルみたいな海面に手を浸した。
あったかいよ、と言った。
それから、お前たちは俺みたいになるなよと言って、泣いてしまった。
父。
家の鍵は、信用ならないからと、補助の鍵をいくつも自作して、ドアだけでなく、家の窓という窓に取り付けた。
子犬にやさしくできなかった。
子犬は何度も頭を殴られて、変な顔になった。ある朝、痙攣していて、学校から帰ると変な顔のまま硬くなっていた。
仕事がなかった。
誰かのお金で買ったウィスキーの瓶が、床を埋めた。誰かの名前で立ち上げた会のお金で買った日本酒の瓶が、床を埋めた。
人間が信用できなかった。
すべての私物に鍵をかけた。
母の私物も、私の私物も、抜き打ちチェックをした。
大きな声で、裏切らないように釘を指した。
裏切らないように、何度も何度も、わたしのお腹を蹴った。
裏切らないように、わたしの足の裏を、炙ったフォークで焼いた。
わたしはあなたに似ている。
あなたに愛があったことを知ってる。
父。
会えなくなって、そろそろ10年が経つ。
誰かのお金で、海が綺麗な場所に暮らしているという。