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「高嶺の花」後編
【僕の花】
スポットライトが眩しい。
逆光で、観客の顔まで見えないのが救いだ。
こんな大勢の人の前で僕は上半身裸…恥ずかしい。
だけど、こんな大勢の前で、僕だけが、あまねさんに触れてもらえる。
恥ずかしさと、優越感と、僕でよかったのか…。
それらの気持ちがグルグルと僕の中で渦巻く。
一人思考の中にいると、急に首が引っ張られた。
あまねさんが僕に繋がっているリードを高い位置にあるフックに繋げたからだった。
つま先立ちにならないと首が苦しい。
よろよろと立ち方を定められないでいると、あまねさんが僕の両腕を掴んでくれたおかげで、バランスが取れた。
あまねさんの体温に触れ少し喜んでしまっていると、愛おしい体温の残る僕の腕は、あっけなく後ろ手に拘束された。
裸の胸を観客に突き出し、とても恥ずかしい。
スポットライトがあたり、暗い店内に僕の身体だけが明るく浮かぶ。
お客さん達の存在が気になる。
どこに視線をやればいいかわからないでいると、何かが顎に触れた。
僕の視界に入ったそれは、以前あまねさんから受けた事のあるとびきりに痛い鞭だった。
(これ、本当に痛いやつだ…)
打たれる…っ、身体に緊張が走る。
あまねさんは強張る僕の身体の枠をぼかすかのように、鞭でゆっくりとなぞっていった。
くすぐったいが、必ず来る痛みを想像させる、甘く、恐怖の時間。
あまねさん…
心細い…縋りたい…
早くあまねさんを感じたい、強く、僕のくだらない意思など踏み潰して欲しい…っ!
闇に飲み込まれていきそうな気持ちになった。
その瞬間、乳首に弾けるような鞭の刺激が走った。
「くっ…!!」
あまねさんが僕の乳首にケインを打ったのだった。
痛い…一気に泣きたい程気持ちが高まった。でもこれは決して悲しい涙では無い、嬉しいのだ。もっと、もっと僕に痛みを与えてください。今よりももっと、あまねさんの事しか考えられない生き物にしてください。
まだ痛みが引かない乳首にもう一度鞭先を当てられると、心臓が締め付けられる感覚がした。
乳首から鞭が離される…くるっ…!
パシッ
「あぁ…っ!」
乳首がヒリヒリする、やっぱり痛い…。
痛みで僕の余計な部分が消えていく。
あまねさんが与えてくれる痛みは、僕を見透かし、的を射るように、核を破壊してくれる。
痛みに浸っていると、あまねさんに頭を掴まれ、観客のいる正面を向かされた。
あぁ、そうだ、今はショー中だったんだ。
でもあまねさんから与えられる全てを前に、二人っきりの時と違いが無い。
この時になると、緊張などどこかにいってしまい、あまねさんに溺れ始めていた。
すると、陶酔した僕を吊っていたリードが外され、準備されていた椅子に座らされた。
全然苦しく無いと思っていたが、いざ座ってみるとフラフラとしていた。
ボーっとしていると、あまねさんのハサミの音に驚かされ、またもやショーの最中である事を思い出す。
あまねさんが僕の背後に回ったと思ったら、視界が黒い何かで覆われた。
目隠し? でもうっすらと観客は確認できる…レース…?
それが何であろうと、あまねさんに守られている気がして、安心した。
何が起きているかわからない中で、急に僕の背中の皮膚をつままれたような感覚がした。
その後すぐに、小さく鋭い痛みが僕の背中を襲った。
「っ…!!」
針だ、針が刺さる痛みだ。
僕は針の痛みが好きだけど、見えない部分を刺されるのは初めてだった。
いつ針が入ってくるのかわからないのは、とても怖かった。
そして、僕の鼓動は一層高まった。
もうわざと声を出したい気持ちだった。オーバーに、卑猥に。
あまねさんに与えてもらう痛みで僕はこんなにも欲情してしまう、それを観客に見て欲しい、僕はあまねさんだからこんなになってしまうし、それを誰も触れる事はできない。男も女もみんな、届かない僕たちに手を伸ばし、羨望の眼差しで僕を絶頂まで追いやって欲しかった。
そんな浅ましい妄想をしているうちに、全て刺し終わったようだった。
先に刺した場所は、皮膚がジンジンと痛み熱をもっている。
すると、急に目角が外され視界が明るくなり、目が開けられない。
背中を観客側に向けるよう、あまねさんに促された。
針が刺さった僕の背中を観客に披露した瞬間、店内に歓声が湧いた。
僕のせいで台無しにならずホッとしていると、後ろに立っていたあまねさんに顎を掴まれ上を向かされた。
後ろから覗き込むあまねさんが見える。
あまねさんが近くにいることが、こんなにも安心する。
痛みでも何でも、与えてもらえることが嬉しい。
あまねさんに肯定していただき、僕は心穏やかな時間が過ごせるのだ。
あまねさんが僕の唇を掴んだと思ったら、もう片方の手にかなり太めの針を持っているのが見えた。
あ、次は唇が刺されるんだ。そう思った瞬間、さっきよりも存在感のある痛みがと僕の皮膚を貫いた。
痛みがツーンと染みる。
勝手に涙が溢れ出て、一瞬にして目に溜まったと思ったら、ものの数秒のうちに目尻から、大粒でこぼれ落ちた。
こんな事で泣いてすみません。
心で叫びながら、黙々と針を受け入れていく。
唇に刺さる度、涙は溢れた。
3本刺した所で、針は登場しなくなった。
これで終わりかと思ったら、透明な糸のようなものを持っているのが見え、唇を貫通している針に対し、何か作業をしているようだった。
先に下唇の針が抜かれた。針が抜けるのと同時に、生温かい液体が皮膚を流れていく感覚があった。
あぁ、血だ。すごい、どんどん出る。
そんな事を感じているうちに、僕の口は引きつり、開くことができなくなっていた。
この頃の僕に、痛みはなかった。
全身がジンジンと疼き、強く打っていた鼓動は快楽へと変わり、あまねさんの手の温かさ、触れてもらう時の感触、これらの感覚が全てだった。
あまねさんの所有物という意識が高まり、とても満たされていた。
あまねさんが目の前に立ち、片側の髪をかきあげている。
僕は必死に口を開こうとした。
痛みは麻痺し、このまま力を入れ続けたら切れるかも、そう思ったが、怖くはなかった。
あまねさん…もっとあまねさんに支配されたい。
僕が無くなるまで。
あまねさんの唾液が口に入った瞬間、あまねさんの顔が僕に近づいた。
驚きのあまり固まる。
あまねさんは僕の口付近をペロっ、と舐め、そのままゆっくりと縫われている唇に、口づけをしてくれた。
夢のような、そんな出来事だった。
「ほら、立って、挨拶するよ」
あまねさんに耳打ちされ、ショーの最中であることを思い出した。
急いで立ち上がり、あまねさんと一緒にお辞儀をした。
そのままビニールシートの上で、針を抜いてもらっている間も、お客さんが近くまで来て、見学していた。
僕はすっかりショー前の自分に戻っていた。
女の子二人組がまた声をかけてくれた。
「素敵でした!私Sなんで、よかったらLINE交換しませんか?」
僕がまごまごしている様子を、あまねさんは道具を片付けながら横目で見ていた。
「すいません、僕はあまねさんだけなので、連絡先は交換しません…」
重かっただろうか、受け答えがわからない。
女の子たちは行ってしまった。
片付けも終わり、あまねさんは僕の口のまわりについた血を拭き取ってくれていた。
嬉しかった、幸せだった。
でもショーはもう終わり。
心臓がキュッ、と締め付けられる。
全て拭き終わるとあまねさんは上着とバッグを持った。
「ほら、今日は一緒に帰るんだよ、早くしな」
僕に尻尾が生えてなくてよかった。
僕はあまねさんだけのもの。
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