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「嘔吐恐怖」2

「あれ、飲めない系?」

それが僕に掛けられた言葉なのか、瞬時に判断がつかなかった。時間差で顔を上げると、斜め前に座っていた茶髪の女子が心配そうにこちらを覗いている。目が合い、自分に言われているのだと理解した。

「え、あ…ちょっと飲んだことなくて」

途端に周囲の音が僕の世界に蘇ってきた。貸し切った室内、言われるがまま何杯も連続で一気飲みをする男子や、それを見て盛り上がる先輩たち。僕が飲んでないことなど、彼女以外は誰も気に留めてなかった。

「えーじゃあなんでこのサークル入ったの? 飲みサーじゃん」

周囲の騒音が邪魔をする。彼女の口の動きと、所々聞こえた言葉で何とか理解できた。

「いや、まぁ…」
「…じゃあそれあたし飲むから、これ飲んどきなよ」

彼女は僕が持っていたグラスを軽々奪い取ると、代わりのグラスを手渡した。

「それお茶だけだから」

僕はジョッキグラスを受け取ると、さっきまで持っていたはずの焼酎が彼女の体内へ消えていくのを、ただ呆然と眺めた。

店内は時間とともに混沌を極めた。そこらで空いた焼酎の瓶が転がり、まともに氷が入ったグラスを見なくなった。僕は変わらず端の席に座り、酒に酔い倒れていく人々を視界に入れぬよう努力した。部屋から急ぎ足で出ていく人はトイレに行くに決まってる。途中で耐えられず…そんな最悪のイメージが頭から離れず、今座っている座布団さえも吐瀉物で汚れたもののように感じて、全身を鳥肌が襲う。僕はみんなのように楽しめない。今すぐこの場から消え去りたい。

「おーい、大丈夫?」

自分に向けられた声に驚き見上げると、さっきの女子が平然とした顔で僕を見ていた。
皆が酔い潰れていく中、彼女は顔色一つも変えず、あのジョッキグラスを一気に飲み干したとは思えないほど“普通”な様子だった。

「あ、さっきはありがとうございました…」
「いいよいいよ、でもなんで入ったの? 絶対飲まされるよ、酒」

彼女はビールが入ったグラスを持ったまま、僕の隣に腰を下ろした。みんなが狂ったように焼酎を体内へ注ぎ込む中、彼女は酒を楽しみに来た客のごとく、のんびりとビールを口へ運んだ。

「そうですね。僕やめようと思います、今日で」
「え、まじ? こんなんじゃないと思ったの? 誰かの付き合い?」
「いや、自分の意思で入ったんですけど…やっぱり無理でした」
「ふーん…飲み会を味わってみたかった感じ?」
「まぁ、そんな感じです。でも不要でした。僕は金輪際飲み会とは無縁の暮らしをしようと心に誓いました」
「あははは! 面白いね君~」

彼女は大きな口で豪快に笑いながら、僕の身体をバシバシと叩いた。距離の近さに軽蔑すると同時に、この狂った室内の中、彼女の横で安心感を感じている自分がいた。

「ビールなくなっちゃった…すいませーん!生一つー!」
「…お酒強いんですね」
「そうなんだよね、たぶん遺伝。まじコスパ悪いよ、酔おうと思うと」

顔色一つ変えず水のように酒を流し込む彼女から、不思議と恐怖心は生まれなかった。この人はいきなり吐くような事故を起こさない。そんな信頼のようなものが、僕の中で芽生えていた。それだけでなく、もしその時が来ても自ら冷静にトイレへ行き、被害を最小に抑え処理をすることができる人だろうと強く感じた。この荒れ狂う室内で、彼女だけが心の拠り所になっていた。この人には僕のことを打ち明けてもいい、むしろ打ち明けてみたいとさえ思い始めていた。

「あの、実は僕…」

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あまね@ SM短編
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