「かっぱ橋」と「調理器具」

家で料理をするという後輩に、「かっぱ橋が楽しいよ」とお勧めした。ふと疑問が浮かんだ。なぜ調理器具をたくさん売っている地域が「かっぱ」なのか気になり、調べてみた。

一つは「雨合羽」。現在、台東区 生涯学習センターの近くに、伊予新谷藩の城主が住んでいた。そこには下屋敷と呼ばれる、国からの物資の荷揚げや保管、そして藩主家族の別邸、遊興の場所があった。その近くの橋で、侍や足軽が作った雨合羽を、天気の良い日にたくさん干していたことが由来となり「かっぱ橋」となった説。
もう一つは、「河童」。曹源寺通称”かっぱ寺”に墓所がある合羽屋喜八は、周辺の水はけが悪く少しの雨で洪水になるのを見かね、私財を投げ出し掘割工事を始める。工事が捗らず、その様子を見ていた隅田川の河童達は、川太郎の善行に感動して夜な夜な工事を手伝ったので「かっぱ橋」の説。

道具屋が集まるようになったのは明治から大正初期にかけてで、なにかの事業で一斉に集まったのではないらしい。なんとなく、徐々に集まり始めたとのこと。要するに「かっぱ橋」と「調理器具」の因果関係は、あまりないようだ。

愛着のある名前がついたことで、より集まりやすくなったのかもしれない。
かくいう私の実家の方にも、河童が住んでいるという街が近くにあった。
私も”愛着のある名前”に引き寄せられた道具屋と同じ気持ちになった。

以下、参考にさせていただいたページをご紹介。


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