雨の中、一人
2019年、11月23日。
20時半周辺。
私は秋葉原駅の中央改札近くにいた。
プレイしているMMORPG「FF14」のオフ会を主催した帰りだった。
幹事だったので殆ど食事もとらなかった3時間。
しかし友人達と交流して高揚した気分。
何かお腹に入れようと考えていた。
改札近くを通りかかった時、歌が聴こえた。
この日は雨が降っていた。
雨脚は弱くなったとはいえ、まだ霧雨が辺りを舞っている。
どこで歌っているのだろうと思うと、柱を背にして女の子が歌っていた。
小さなアンプにマイクを繋いでいた。
(あのアンプは防水だったのだろうか……)
どこかで聴いたことがある曲だった。
すぐには思い出せなかった。
それよりも、この寒空の中、5名ほどの立ち止まった観客の中。
必死の様子で歌をうたう女の子の姿が印象に残った。
音程や声の伸びが外れているところも多く、完璧な歌唱ではない。
これでは、これ以上の人の足は止まらない。
そう、私は淡々と思った。
しかし、彼女の必死に声を絞り出す様子が目に焼き付いた。
私は、その姿を「美しい」と思った。
彼女が歌っていた歌を思い出した。
確か、Uruさんの「プロローグ」だ。
Uruさんはとても歌唱力が高いシンガーだ。
テレビアニメ「ガンダム 鉄血のオルフェンズ」のエンディングテーマ。
「フリージア」の儚く、それでいてどこまでも伸びる声で一躍有名に。
とても美しく、模倣が大変難しい歌唱をされる方である。
こんな雨で、寒い中。
ギャラリーも増えない中。
とても難しい歌をうたうんだな……。
私はそう思った。
お世辞にも彼女の歌唱は、人の心を動かす爆発力はない。
雨を裂き、夜を消し、辺りを音で満たすパワーがない。
難しい歌を模倣するので精一杯の様子だった。
彼女は何に向かって歌っているのだろう。
おそらく本人にも分からないのだろう。
いろいろな感情が心の中で交錯しているのかもしれない。
そんなことを感じさせる。
しかし、雨の中、一人で歌をうたう。
その子の姿はどこか輝いていた。
私はその輝きを。
たとえ、雨にかき消されるほどの小さなものだとしても。
尊い、立派で、綺麗な光だと思った。
そこには理屈も理論も何もない。
技術もおそらく、関係ない。
そこに「在る」「在ろうとする」少女の姿。
その懸命で必死な様子。
そんな姿が目と心に美しく映ったのだろうと思う。
◇
表現をするクリエイトに大事なのは、必ずしも技術だけではない。
私は、その「光」が大事なのではないかと思う。
極端な話、技術は後付、後天的なものでいくらでもついてくる。
必要なのは、人の心に働きかける「光」だ。
理屈ではない、技術ではない。
体全体で表現していた彼女の「必死さ」は、まさに光だった。
◇
少し曲を聴いて、私は用事に戻った。
綺麗な歌を聴きたいなら、iPhoneの中にある原曲を聴けばいい。
ただ、目に焼き付いて離れない、声を振り絞る少女の姿。
そして彼女を打つ霧雨。
無関心な大多数の通行人。
それら全てが放つコントラストが、一つの訴えかけるモノに見えた。
縁もゆかりもない。
名前さえも知らない少女だったが。
願わくば、その小さな体全体で表現した「光」に気づき。
それを忘れないで進んで欲しいと、私は思った。
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