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声の力に心ふるえた

聴覚にあまり自信がない。聴力検査で引っかかるほどではないが、人の声の聞き分けが苦手だし、居酒屋みたいなザワザワした場所ではほとんど聞き取れなくなって会話に入るのをあきらめてしまうことがよくある。幼い頃、毎年のように中耳炎にかかって、耳鼻科通いしてたせいじゃないかと疑っている。関係ないかな。そんなわけで、美声や音楽は好きだけど、みんなより聞けてないんじゃないか、微妙な聞き分けができてないのでは、という意識がずっとあった。そんな私でも、声そのものの力にハッとさせられた、忘れられない経験がある。

ロミオとジュリエットの運命に涙す

2003年、チェコ・プラハに仕事で滞在中、ふっと気が向いて『Romeo a Julie』のチケットを取った。文字面から想像できるようにシェイクスピア原作の『ロミオとジュリエット』だ。街中のあちこちで見かけるポスターが魅力的で、今のようにネット情報が豊富なわけではないから詳細は不明なまま、現地のプレイガイドで「ラッキーね、最後の1枚よ」と言われながらチケットを買った。当時T-Mobile Arenaと呼ばれていた多目的アリーナでの開催で、英語のアクセス案内を見ながら、仕事後の夕方、プラハ郊外まで出かけた。

これが、めちゃくちゃ良いアイスショーだった!
ロミオとジュリエットはじめ、対立する両家の若者たちがアイススケートでダイナミックに華やかに乱舞する。オペラのような歌唱が物語を盛り上げる。チェコ語はまったくわからないが、筋は既知なので問題ない。引き込まれて見ているうち、ストーリーどおり、ロミオとジュリエットが若い命を散らした。こうなると知っているので驚きなどはなく、ただただ目に楽しむ感じ。そのあと、予想外のことが起こった。

ロミオ母のモンタギュー夫人と、ジュリエット母のキャピュレット夫人が、城のようなセットで悲しみの二重唱を歌いだした(原作にはこんなシーンないはず)。この歌に、いきなり胸が張り裂けるような感情が沸き上がり、知らず涙があふれて止まらなくなったのだ。そもそもロミオとジュリエットの話ってあまり悲しくないし(むしろちょっと面白いっていうか…そんな最期!?的なエンタメ感あるよね)、自分には母親に感情移入するような素地もないし、チェコ語だから歌詞の意味わからんし。なのに、子を失った母親の悲哀が歌声に乗って、ダイレクトに心臓を突き刺してきたのだ。

油断してたところを衝かれたみたいな感じで、我ながら相当びっくりした。あれは純粋に声の力に揺さぶられたのだなぁ…そういうことがあるのか…と初めて強烈に刻まれた記憶である。

姿を消した孫娘を呼ぶ声

公開当時に劇場で一度観ただけのニュージーランド映画『クジラの島の少女』(2002)も、あるシーンのある声がいつまでも耳に残っている。

先住民族マオリの族長の家に生まれたパイケアは、女の子だから後継ぎにはふさわしくないと辛く当たられ、自分が一族の不幸の原因なのかと悩む。クライマックスの超自然的な展開は『風の谷のナウシカ』(1984)みたいだし、似たところもある後年の『モアナと伝説の海』(2016)を比べると、女の子であるモアナが何の疑いもなく村長の後継者と見做されていることから時代の移り変わりもなんとなく感じる。マオリの伝統が描かれているという面、女性の生き方を考える視点、ファンタジー的なカタルシスと、多層的な見応えのある良作である。

でもこの映画でいちばんに思い出すのは、物語中でパイケアが海に姿を消したとき、それに気づいた祖母が呼び叫んだ「パイ!」という響きだ。この一言に込められた感情がとてつもなく切実で必死で、それまで割に淡々と映画を楽しんでいた私なのだけど、ハッとした。声が鼓膜を直撃して、感情を起動してきた。「パイ!」という短い一言でここまで表現できる役者さんの凄みに感動したものだ。

満島ひかりの声力

『駆込み女と駆出し男』(2015)も面白い映画だ。面白いのは間違いないのだけど、セリフや展開のテンポが良すぎて、何がどうなってるのか観てていまいちわからなかったりする…。私は邦画にちょっと苦手意識があるのだが、母国語なのに聞き取れないとイラっとしてしまうからなんだよね…。とくにこの映画は大泉洋はじめみなが早口でポンポンと喋って掛け合って、たくさんの登場人物のエピソードがからみあって、息つく暇もない。でも完全には理解できてなくてもテンポの快感だけでも楽しめる、というちょっと不思議な感覚がある。

で、満島ひかりであるが、いつどこで見ても格別な存在感なんだけど、この作品では豪商のめかけ役で、江戸時代の風俗どおりにお歯黒&引眉の姿で、色気がもう凄いんである。具体的なストーリーは実際に観ていただくほうがいいので詳述しないが、終盤になってから満島ひかりの放った「わたしの、妹」というセリフが秀逸だった。この一言に、情の深さとか自らの運命を受け入れる覚悟とか、いろんなものが詰まっていた。そこに至るまでの泣かせっぽい展開にはあまり感情移入していなかったんだが、この一言だけで忘れられないキャラクターとなった。

これらはいずれも、それまでの流れをグワっと変えるように感情を揺さぶってきたため印象に強く残っている声の思い出だ。意味内容のせいじゃないし、あの声じゃなかったら起こらなかったことだろう。女性ばかりなのは、偶然なのか? 自分の偏りか? 
きれいな声とか好きな声、上手な喋りだとかは普通にいくらでも聞けるけれど、さながら視界の色まで塗り替えるような特別な声に、またいつかどこかで出合えるかもしれないと思うと楽しみだ。

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