庭師の嫌な予感(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 1)
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庭師の嫌な予感
大阪の玉造にその屋敷はあった。
天文六年、太閤殿下の治世は揺るぎなく、わずか十年前には想像もできないほど城下は賑わいを見せている。
安土桃山時代と江戸時代と狭間の時代に、奇跡のような繁栄を誇っていた。 建ち並ぶ大名屋敷は各領国それぞれが贅を尽くして壮麗さを競う。
中でも玉造の越中屋敷は、大きさ、佇まい、壁の塗りの全てが天地に融けるほど自然で目に美しい。瓦のひとつ、材木の選定ひとつに拘りがある。また扉を守る足軽の鎧から槍の緒の色と、細部に到るまで行き届いていた。
そんな越中屋敷の裏門に立った庭者(剪定人)の町人が五名、入る前に記録を取り、名前と用事を書き留めた。
「庭師の手助けか。よし、忠勤を励めよ」
きょろきょろしていると、早よせんかい!と仲間に小突かれた。
中からはどこからともなく、南蛮寺で聞くような不思議な楽器の音と歌声がする。
ここは天竺か?極楽浄土か?
◇
さる御屋敷の枝を払っていたところ、手際の良さを見込まれて、この屋敷の殿様からお家付きの庭師を手伝う、要は助っ人の注文が入ったのだ。組頭は気合を入れて、腕のよい者の中からも選りすぐり中の選りすぐりを選んだ。
座(同業者組合)の連中が口々にからかう。
「越中様の御屋敷か。あそこは大変だぞ」
「木をな、ちょっと傷つけたらばお手討ちだぞ」
「首を忘れて帰らんようにな」
五名のうち三名はこの屋敷がはじめてで、仕事に入るにあたって、目付であるらしき年嵩の侍に長い説明を受けた。
「この屋敷に勤めるにあたって、気を付けねばならぬことはたーーーくさんあるが、まずは一にも二にも態度じゃ。背筋を伸ばし、声を大きゅう、丹田(下腹)に常に緊張をもち精根込めて作業を行うよう。下人、下女であっても挨拶を欠かすな。礼を尽くせよ。余所見、私語、横着は、もってのほかぞ」
年寄りらしく、諄くはあったが懇切丁寧、感じも良いので、勇気を出して遠慮がちに聞いた。
「ここのお殿様は粗相のあった者は、その場ですぐお手討ちなさるとか、本当でございますか」
侍はにこやかに答えた。
「ただの噂じゃ、さほどにてはない」
ほっと顔を見合わせる。
「喧嘩は御法度。これは何処も同じであろ?だが、他意なき粗相であれば許して頂ける。二度まではな」
「と、いうことは?」
目付殿は顎を搔きながら空を見上げた。
「三度目は…ない」
ないとは、首がないということであろうか。
五郎丸はぞっとして喉に手をあてた。
後で聞いた話ではあるが、三度目の正直という家訓を科す大名家はほかにもあるようで、越中様の御屋敷だけが特殊というわけでもなさそうだ。
ただ、奇妙なおまけがついていた。
「一度目もないという事もあるからな」
◇
「奥方さまを見るなとはどういうことだ」
足場を慎重に見極めつつ梯子を固定しながら傍輩 に聞くと笑われた。
「お前は知らんのか?ここの殿様の悋気(嫉妬)は只事ではないそうな」
「奥方さまを見た者で、生きてこの屋敷を出た男はおらぬとか」
「何やら、雄猫が近付くのさえ嫌うと言うぞ」
五郎丸は口を尖らせた。
「そんなことを言われてもじゃ。わしらにゃ侍女もお姫さまも奥方さまも区別はつかんよ」
「いや、わかる」
そのとき、弥吉だけは低い声で言ったのだが、誰も聞いてはいなかった。
植木屋、屋根屋のなど職人の類いは、どうしても奥屋敷まで入らざるを得ない。
「よいか、奥向きをじろじろ見たりせぬように気を付けよ。たとえお女中とすれ違い、声をかけらるることがあっても下を向いて見ぬようにせよ。よいな?」
説明によれば、だ。
──殿が嫌がる故、お方さまも気を使って、職人が入るときは奥の間にいてくださる。そして幸いにも殿はいま国元の宮津の城におられる。万に万が一のことがあろうとも、御家来衆や御女中衆なら目をつぶって下されよう。危ないと感じたならば、すぐに平伏して過ぎるを待つのだ、よいな!
まるで厄災だ。「見るなの神」か。
妖か、それとも魔か。こわごわと足を踏み入れてみれば、なお典雅な趣味のよい、見事なまでに広々とした枯山水の庭がある。
ふと、背後に衣擦れの音がしたような気がして、振り向いてみれば、庭木を彩る下草が揺れているだけだった。
作業をしていると上臈らしい華やかな打掛を身にまとう侍女たちが出てきて賑やかだ。緊張した様子もない。
「庭師殿!少し休まれよ」
目付殿づてに三時のお菓子を賜った。
「南蛮菓子とて、ぼーろと申すそうな」
「こんな上等なものをわしらにか?」
足助が囁いた。
「あの目付殿が胸にかけておる十字の数珠は南蛮教じゃ。奇天烈なお題目を唱えるが、真面目で優しく丁寧な連中が多いと言うぞ」
一仕事終わる頃、五郎丸たちはこの居心地のよい越中屋敷がすっかり好きになっていた。
「あらかた整うたな。殿も満足されるであろう」
「へえ。自慢ではないが、大阪城西の丸の御殿松の手入れをしたこともございますので」
この前入った屋敷は、やたらと金と朱を使った派手な造りで、目付の態度は横柄だった。木の枝の陽に向けての伸び方や風向きの影響など知りもしないくせにあれこれ口を出してくる。大名屋敷ならば、それが当たり前なのだ。
◇
奥の間添いの庭に移動すると、少し様子が変わった。
庭木が増えて、四季それぞれの花があちこちに配置され彩りを添えている。梅が匂いたち、枝垂れる桜はまだ蕾を抱えていた。
さらに奥へ入った。
目付の姿は消えて、侍女たちの姿ばかりになった。耳を立てて聞きかじった話の内容からすると、この侍女たちも奥方に直接近習するわけではなく、さらなる奥方づきの上臈女中と目付を取り次ぐお役目らしい。
つまり、侍から取次の侍女、取次の侍女から奥向きの上臈女中、上臈女中がやっと奥方に用向きを伝えるわけだ。
どんな伝言の遊戯なのか。
しまいにゃ意味が変わっとるわい。
伝言は越中様の御言い付けだが、奥方さま本人は馬鹿馬鹿しいと思っているのか、気にしておられないのか、あまり堅苦しく守られない。もともと上下の区別などなされないから、侍はともかく、取次侍女にも気軽に声をかけられ、困ることがしばしばある。
殿も、奥方さまには甘い故、目の前にてはさほどのお叱りはないものだ──?
甘い香りが強くなってきた。何かの香だろうか。いよいよあやかしの夢の宿に似て来た。
噂とは当てにならぬものだ。見ると聞くでは大違いと思ったが、ここの殿様が奥方に男を近付けたくないという悋気(嫉妬)だけはさすがに伝聞になるだけのことはあるらしい。
だからといって、殿様がいないのだから特に何事が起きるわけでもなく、剪定の作業は無事に終了した。
切り落とした枝をまとめ上げた時には少し陽が傾いて、お女中たちも他の用事に去ったのか、姿が見えなくなっていた。
道具を片付けていると、弥吉が低い声で言う。
「ここの奥方はな、あの明智日向守の娘なんだとよ」
そりゃあ!
息を飲んだ。知らなかった。
織田信長が今もこの世に生きてあれば、太閤さまの栄華はありえない。大阪はいまだに戦乱と荒廃の最中であっただろう。そう理由もなく信じている者たちがこの界隈には多くいた。
「太閤さまがどれだけきつう望んでも、一度も会うことが出来ぬと言う。太閤さまがだぞ?これだけ隠す、越中殿の奥方とやらがどんなか、ちらっとでも見たくはないか?」
み…見たい!
という塞き上げる衝動を強いて押し止めて
「阿呆抜かせ」
吐き捨てた。
「わしは行く」
弥助はもう立ち上がっている。
「やめとけ、おい!」
「なんやこれがかと思えばすぐに戻る」
さっと足が動いて、弥吉はもうその場にはいなかった。見上げると、傾いた松の枝に軽々と登っている。
捨て台詞のような残響だけが土に落ちた。
「どうしても、もう一度、見たいのだ」
さすがに慣れた足付きで、最も葉の影の濃い松の間に消えるのが見えた。
遠くで馬の嘶きがする。
◇
五郎丸と足助の二人は、はらはらと気をもみながら待つことしかできなかった。線香が一本、燃え尽きるほどの時間(十分)が四半時(三十分)にも感じた。
弥吉はまだ帰らない。
表玄関のある方角が騒がしくなっている。今ここに人がいないのは、そちらに気を取られて集まっているからだ。
足助が五郎丸の腕をつかむと同時に、廊下をどたどたと走るように歩いてくる音がこちらへ近付いてきた。
「奥、奥!」
と、呼ぶ大きな声が聞こえた。
お方さま、お方さま、女人たちの慌てる声がして、廊下に右往左往する侍女たちがあふれるのが見えた。
「殿のお帰りでございます」
「すりゃ、殿とな?」
ゆったりした、鈴の音をふるような声がした。
「昨日お発ちになられたばかりであるのに」
心なしか、嬉しそうな響きがある。
(今しかない!)
足助が耳元でささやき、二人ははじけるように飛んで玉砂利を踏まぬよう縁側にたどりつき、廊下から殿がやってきて見える縁側下に平伏して待った。そうだ、平伏してお指図に従えば大丈夫、大丈夫のはずだ……。
足音が止まり、当惑した声が頭上から降ってきた。
「何だ、今日は庭師が入っておったのか」
特に怒っている様子もないので、がたがた震えていた二人はその場に崩れ落ちてしまいそうなほど、ほっとする。
「うむ、よい腕よ」
廊下に衣擦れの音がして、それが少し止まり、引き返していくのがちらっと頭を傾けた五郎丸の横目に見えた。
庭を一通り見渡していた越中守忠興は、その衣擦れには気付かなかった。振り返って笑顔を見せる。
庭にはあの目付殿たちが現れて、侍から下人に到るまで総出で枝を集め、箒を使って念入りに履き清めている。
さっきまでとはまるで違う。
あのう、わてらがしますんで、という声に耳も貸さず、結局、越中屋敷は突然の大風に吹かれたように大騒ぎとなっていた。
てんやわんやのすえに、庭師たちは否も応もなく、それっとばかりに外に出されてしまった。
褒美の袋を手に、足助と五郎丸の二人は裏門前で困惑して立ちすくんだ。
出るとき、ひとり足りぬか?と聞かれてつい、
「すぐ参ります」
出鱈目を言ってしまった。
外からは、ただ黒々とした武家屋敷の荘重な塀があるだけだ。あれほどの中の騒動も、弥吉がぶら下がっているはずの奥の木々も見えない。
もう、あとは、何とかして本人にすきをみて脱出してもらうしかない。
足助がつぶやいた。
「あやつとて、何とかしてすべり降りて平伏しおれば、大丈夫」
そうだ大丈夫、のはずだ……。
邸内では騒ぎが続いており、特に戦の如くに大慌てなのは賄い方 で、大きな声が響いている。
「お方さまから、急なことゆえ湯漬けに鮭を焼いてほぐし乗せたものでよいとの仰せです」
「これはだめだ。まだ漬かっておらん」
「海苔を焼け、焦がすなよ。塩を忘れるな」
「何?……まだ、終わらん?早うこれへ!」
「その器はいかーん!お好みではない」
「髪が一筋たりとも落ちていないか吟味せよ。死にたいか!」
◇
弥吉は一刻ほどしてやっと出てきた。
出てきたまではよかったが、ひっくり返って荷車に乗せられていた。
筵をかけられ、腕と脚は奇妙な格好に折れ曲がっている。
おそるおそる筵の下を覗いて、二人は揃って絶叫した。
首がない!
「首は、首は?首は、どこじゃ!?」
付き添いの侍は不機嫌に言った。
「奥方さまのお部屋の中だ」
◇
三日たった。
首はまだ帰らない。
後で奥方付きの侍女と懇意の侍から聞いたという、又聞きの又聞きの又聞き話が伝わってきた。
殿と奥方さまはお二人で、差し向いにお食事を始められた。
松の枝を落として明るくなったので、花の枝振りがよう見えると、廊下近くに膳を据えておられた。
御殿の上に張り出した松の上からばきばきばきと音がして、弥吉が玉砂利の上に落っこちてきた。
降りかねてずっとしがみついていたのだが、手がしびれついに耐えかねたらしい。
越中様が色をなして、刀の束に手をかけられた。
「何奴!」
「庭師でございましょう」
「何、庭師?庭師はさっき出たぞ」
「あなたが急にお戻りなので、降りるに降りかねたのでございましょう」
弥吉はそこで何としても平伏して顔を上げずに謝り倒すべきであった。
「しなかったのか?」
「あの馬鹿、庭に落ちて腰をさするのも忘れ、ぽかんと口をあけて奥方さまを見ておったのよ」
その様子たるや、蛙が蛇を見たがごとく停止しておった。
殿様は憤怒の形相で庭に飛び降りて、抜き様に首を切り落としてしまわれた。
さっと玉砂利に朱が走る。首が落ちた音は聞こえなかった。
返り血を浴びてふりかえり、わめいておられた。
「おれが戻ったがなぜ降りられぬ!怪しの企てあっての仕業に決まっておる。奥はこのような奴をかばい立ていたすのか!」
越中殿は首をもち、廊下へ上がると奥方さまの目の前の膳の上に据えられた。血があふれ、縁板に流れてしたたった。
奥付きの侍女たちは腰が抜けてものも言えぬ。
「そんなに見たくば、とくと見よ」
これはな、首に申したのじゃ。
奥方さまは無言でおる。
そして越中殿は足早に出ていかれた。
弥吉の目は、死したるも知らぬが如く、まだぽかんとしてあらぬ方を見つめておった。
◇
「したがそれでなぜ首は戻って来ぬのだ!?」
「片付けよとお命じがない」
「なくても片付ければよいではないか!」
「ばかを申せ。怖くて誰も手出しできぬわ!侍女の話によればな、奥方さまは怒っておられる」
一刻ほどのち、おそるおそる侍女たちが覗いたところ、首の乗った膳は部屋の上座に移動していた。
誰が移動させたのか?
侍女たちは誰ひとり覚えがないと言う。
その頃、大阪玉造の越中屋敷には、丹後から越中殿の父上、田辺のご隠居細川幽斎が到着していた。
五十半ばだがまだ老体とは見えない。普段はおかしなことを言っては周囲を笑わせるのが好きな、大柄で丸顔の感じのよいご隠居さまだ。今は苦い、恐ろしい顔で息子を睨み付けている。あとから多少、萎れてはいるが、子供のような膨れっ面をした越中守忠興が中に入った。
「奥方さまはあれからずっと、首と生活しておられる。殿が、とくと見よ、などと仰せなので、見させておるのかもしれぬ」
「いかに怒ったとて、首と暮らせるものかよ?戦場どころか食うや食わずの生活も知らぬような、大名屋敷の奥方さまが!」
「二月なれば(旧暦二月はおよそ三月にあたる》三日も発てばそろそろ危険じゃ。色も変われば凄まじく臭うてくる、目玉も落ちる」
「怒るとて、見た目は普通なのじゃそうで。何一つ変わったことなどないかのごとく、笑顔で普段通り……」
「怖い怖い怖い!」
「普通ではないぞ!」
田辺のご隠居、細川幽斎は上座に首のある部屋で嫁の前に丁寧に手をついた。手慣れた動作で、これが初めてではないようだ。据えられた首の血はすでにこびりつき、冬の蠅がたかっている。
ご隠居は腹から響く、よく透る声で言った。
「嫁殿、またしてもこの大馬鹿者が、早まったことを仕出かしたと、たいそう反省しておる。切ったが途端にわしの所に即刻、駆け付けおったがその証拠じゃ。じゃによって、どうかまたわしに免じて許してもらいたい」
越中守忠興も、不承不承に手を付いた。思ったよりも神妙に言う。
「奥、おれの粗忽な振る舞い、まことに……申し訳なかった。おれが悪かった。悪かった故……そいつを、いいかげん片付けさせてくれ!皆が気味悪がっておる。頼む」
侍女によると、奥方さまは静かに言われた。
「命あるもの、一度命を失うては、もとあった場所へ戻そうとしても、戻すことはできませぬ」
誰を前にしようとも、怯んだことなどない越中守忠興が、湿っぽい声で答えた。
「わかっておる。おれは鬼だ」
そこで生来の負けず嫌いの悔しさがふと萌したものとみえ、多少恨みがましく付け加える。
「汝は蛇であろう」
奥方は短く答えた。
「鬼の女房には蛇が成る」
◇
忠興公の近習たちは、奥御殿の成り行きを、表御殿で息をひそめて見守っていた。
やがてご隠居が奥から出てくる。ほーっと、安堵したような、気が抜けたような、ため息が皆から漏れた。
あとからは頭を上げ意気揚々とした越中殿…?
はて、別人のように元気になっておられる。
ご隠居を送り出して、残された家臣どもは主君、忠興公の眼が、異様な煌めきを湛えているのを見た。抑えきれない輝きが溢れ落ちている。歩くたびに血のようにしたたって廊下を濡らすのだ。
庭師たちに目付だと思われていた年寄りの重臣、小笠原少斎はほっとしたように傍らの傍輩にささやいた。
「ようござった。やっとご機嫌がお治りじゃ」
◇
首はやっと帰ってきた。
仕方なく胴体だけを葬った場所にそっと埋め合わせ、親も家族もいない弥吉の葬儀は、座が出し合って組から出すことにした。
越中屋敷から、詫びと手厚い見舞の品が届き、ささやかながらも一向宗の坊主を呼んで経をあげてもらうことが出来た。奥方さまの配慮だと言う。
ばかめが、好奇心はねこをも殺す。
だからあれほど注意したになあ。
寺を出て行く仲間たちのささやきの中で、五郎丸はぼんやりしていた。
葬式を上げてもらえただけ儲けもの。そんな運のいい奴は、我らの中でも何人いるか。どうせ無縁仏じゃに。
五郎丸の瞳孔がちらちら揺れて、焼き付いた絵が、あれから何度か反芻した邸内の景色が甦る。
あのとき越中屋敷で平伏しながら、ちらっと横目で衣擦れの音とともにやってくる婦人を見た。
殿様は庭の枝を見ていて気付かれなかった。
あのとき、隣にいた足助が頭を押さえつけてくれたゆえ、わしは助かった。
少なくとも弥吉は死ぬ前に、世に二つとない美しいものを見たのだ。
もう一度だけ見たい。ああ、見たいのう…。
◇
見るなのあやかしが棲む屋敷で、蛇のように美しい女が、鬼のように苛烈な男と、声を潜めて灯火の下、語り合っている。
わたくしとて、死ねば腐乱いたしまする。それが人の世の習いでございましょう。
うむ。奥がそうはなるまいぞ。おれがちゃんと手筈を整えておる。
お願いいたしまする。必ず骨も残らず、全て焼き尽くして下さいますように。
第一話 終わり
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