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超短編小説|仮面
ショートショート(超短編小説)を書きました。今日お届けするのは、『仮面』です。ある国では、国民がみな仮面をつけることが義務付けられていた。主人公のM氏もそのひとりだ。そんな彼女にまるでドラマのような出来事が展開する。
M氏は目を覚ました。起き上がるとすぐに仮面をつけて、軽くのびをする。それから、彼女はコップに入った水をいっきに飲み干した。
この国では、仮面をつけることが義務付けられている。だから、家族以外の者の素顔を見ることはない。
どんな仮面をつけるかは基本的には自由だ。ファッションが好きな者はおしゃれな仮面をつけるし、なかには奇抜な仮面をつける者もいる。
だから、この国の住人は仮面で人を判断する。この女の場合はかなり地味な仮面をつけていた。
M氏は支度を終えると、すぐに家を出た。いつものように仕事場に向かう。彼女の仕事は高校の教師。生徒たちに数学を教えている。
「先生、この問題教えてください」
「いいわよ。これはね.....」
M氏は分かりやすさには定評があった。放課後になると、受験生を中心に彼女の職員室の机の前には行列が並ぶ。
さらに、人一倍思いやりがあった。生徒は勉強の相談や進路相談、恋愛の相談まで、なんでも彼女に聞いた。
次の日の朝のこと。銀行の前には、多くの人だかりができていた。銀行の中には拳銃を持った強盗三人と、人質となった銀行員と客が十人ほどいた。
強盗三人は半分が黒で半分が白の、少し奇抜な仮面をつけていた。だから仮面を見れば、誰が善人で誰が悪人かはひと目でわかった。
「人質を解放しなさい。そうすれば、君たちに危害は与えない」
警察はついに交渉を始めた。しかし、強盗は一向に動く気配はない。
状況は刻一刻を争う。警察にも少しずつ焦りが見え始めた。
「警部。機動隊の突入許可を出してください」
「そうだな。そろそろ限界だな」
警察官とは対照的に、強盗三人は落ち着いていた。彼らはまいどのことのように作業をこなしていた。
「ここからは、プランAでいこう」
「了解」
強盗たちはミーティングを済ますと、ボスらしき男が口を開いた。
「全員のスマホを回収する」
強盗二人がひとりずつ回収を始めた。
立てこもりから、1時間くらい経っただろうか。M氏は人質の群れの中にいた。まわりを警戒しながら、自分の出るタイミングをはかっていた。一歩間違えれば取り返しのつかない事態になる。彼女のもつ数学教師の巧みな計算が求められる瞬間だった。
M氏は今しかないと思い、とつぜん群れの中で手を高く上げた。
「強盗さん。提案があります」
「なんだ」
「みんなで逃げ出すのはどうでしょう」
「逃げる?」
「仮面を外して逃げるのです」
M氏は、強盗にも人質にも安全に逃げ出す方法を提案した。みんなが仮面を外せば、強盗も人質も区別がつかない。これなら人質に被害が生まれることもない。
もっとも銀行にとっては迷惑な話だが、だとしても自分が世間にバッシングされることもない。彼女の緻密な計算によるものだった。
強盗三人の話し合いの結果、M氏の意見は採用された。強盗のボスは言った。
「みんな仮面を外せ」
人質たちは言われるがまま仮面を外した。
「よし。みんな銀行を出ろ」
男の合図のもと、全員いっせいに飛び出した。
M氏は学校に着くと、生徒全員が駆け寄ってきた。一連の事件はニュースとなり、学校内ではすでにこの話題で盛り上がっていたのだ。M氏は街のヒーローとなっていた。
「先生すごい。学校の英雄だね」
「そんなことないわよ。当たり前のことをしただけよ」
M氏は控えめに言った。彼女らしい。
学校には多くの記者が取材に来ていた。学校側も宣伝するいい機会だと思い、校内に入れた。彼女の取材は数時間にも及んだ。
「どうしてこのようなアイデアが出てきたのでしょうか」
「普段から教えている論理的思考力によるものです」
彼女は終始、謙虚に答えた。別に偉ぶれることでもない。数学教師として、当たり前の最善の手を打ち出しただけだ。
M氏は自宅にもどると、かなり疲れきった様子だった。それも無理もない。まるで映画のヒロインのような1日だったのだ。
「今日はいろんなことがありすぎた」
そう言うと、いつものように仮面を外しテレビをつけた。
観ると、どのチャンネルも自分のことでひっきりなしだった。街の英雄の数学教師M氏のことが。
彼女は番組を観ながら、札束を数えていた。
「今回はこれだけ儲けたわ。ちょろいわね」
人は誰しも仮面をかぶっている。他人には言えない秘密がある。M氏も同じだった。まさか自分が強盗団の仲間だったなんて誰にも言えない。
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