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トラウマの話【性的虐待】


私が初めて性行為を認識したのは
幼稚園のときだった。

それまで私は父親とリビングに寝て
母親と姉は和室に寝ていた。

寝ている隣に父親はいつもテレビを観ており
うるさいなとは思っていた。
真っ暗な部屋に、テレビの明かりはばちばちと眩しくて、いつも背を向けていた。

最初の違和感は裸の女性がうつっていた。

二度目はハッキリと目に映った
裸の女の人が叫び声のような泣きじゃくったような声を出し
苦しんだ表情をしていた。

私は深夜に大泣きし、母親に抱きかかえられ
父親と寝ることをやめた。

男性 が怖いと思った。
私はその頃から男性が苦手になった。
とくに大人の男性が苦手で、幼稚園のバスの運転手、水泳の先生、父親

話さない。目を合わせないようにした。

私の男嫌いは年々加速していった。

小学校のときのスカートめくり、着替えをのぞかれる、
温泉にいけば、親の指示で男湯に小学3年生まで入らないといけなく
男性からのギラギラとした視線は忘れない。

男湯を嫌がれば逆に
「男性を意識していて、気持ち悪い」
「子供が何言ってんだ。大人になれば、もっといろんな事をしないといけない」

そう言われ、加速していった。

そして父親からの性のいじりは続いた
「男に冷たいから結婚できない。」
「この程度で嫌がっていたら、結婚できない。」とお尻を触わってくる。

母親と父親はずっと別々に寝ていた。
父親は朝方私たちが寝ている部屋に入ってきて、わたしの背後に密着をしてきた

そして下半身をなぞってくるのだ
私は体を思いっきり動かして抵抗した。

父親は毎回母親と間違えたといった

小学3年のときにそれが続き
私は母親に止められながらも1人で寝るようになった。

いま思うと母親は父親とセックスをしたくないから、子供と寝ていたのかもしれない

その後も悩まされ続けた。
私が小学5年生になると父は毎晩アダルトビデオや裏ビデオをみるようになってしまった。
当時Winnyというファイル共有ソフトがあり
中学生や高校生の援交動画をよく見ていた。

夜21時に部屋にいくのが決まりだ
無口な父親は
「子供は寝なさい」とだけ毎晩私に言った。

そこから聞こえるのは、女の人の苦しそうな喘ぎ声だ。

私はその声を聞くたびに、
女であることが
子供であることが
負けた と思った。

定期的にフラッシュバックをする。
4歳児のときの記憶は、ずっと蓋をしていたのに、結婚してからある時鮮明に思い出した。

それから自分の精神面の不調
異常に自己肯定感が低いこと
人との距離感が遠く、親密になれないこと
全て過去の特に幼少期に心当たりがあり
辻褄があった気がした


自分は性被害にあっていた
と28才の頃認識した。

ずっと親を受け入れられない自分が
悪いと思ってた。

どうすれば良かったのかも
いまでも分からない。

いつか苦しんでいる方の支援をしていきたい。

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