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【エロゲ感想_03】ワンコとリリー
ペットを連れた男女が散歩をするお話。みんなで散歩ができる幸せを、言葉に開いたお話でもあります。言葉以外に五感も大事にする内容なのに、その殆どを言葉で表現しきっているのがノベルゲーとしては歪。小説を無理やりノベルゲーに起こしたような締りの悪さを感じます。
それだけに言葉が雄弁です。ワンコの明け透けな感情も、泣き声も笑い声も、尻尾の挙動も、主人公が目にする彼女の感情すべてを言葉で表現しています。
同時に彼が見えない、理解できない感情は文章にしません。一人称視点で見える/見えないもの、見ようとしている/見ようとしないものを徹底したテキストです。
言葉が勝ちすぎて、正直ノベルゲーとしてはアンバランスではあるのですが、トノイケダイスケさんらしい幸せの表現が好きなのですよね。題材が私好みなことも手伝って、今後も読み返したい一作となりました。
■主人公視点の一人称である理由
読んでいて目についたのが、主人公と散歩をするペット達の感情表現。それ自体は珍しくないのですが頻度が桁違いで多く、中でも尻尾による感情の表現回数は、ワンコが主人公に見せた笑顔の次ぐらいに多かったような気がします。
透子が主人公の表情を指摘するシーンも、他のエロゲノベルゲーと比べて非常に多かったように思います。特にワンコの相手をしている時、言葉では仕方なくやっている風なのに表情が嬉しそうだと指摘する場面は随所にみられました。
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主人公が頑なに認めない、本当の感情を伝え続けていました。
主人公視点の一人称で進行するエロゲが多いのは、プレイヤーと主人公に一体感を持たせるためです。
せっかくヒロインを攻略しているのに、相手をしているのがどこの馬の骨とも分からないイケメンだと興醒めをしてしまうのでしょう。そんな古のエロゲギャルゲーの慣例に従ったことで業界のテンプレートとなったような印象を受けます。
対して本作は主人公視点とすることで、主人公が見えるもの/見えないもの、理解できるもの/理解できないものに対し、明確な線引きをしています。相手が犬なら言葉から感情は読み取れないけど、尻尾を見れば一目瞭然ですし、相手が透子なら恋慕を抱いていることから、内心より挙措や自分への言葉など外的な要素を中心に視線が注がれています。
逆に自分の表情は、鏡で自分の顔を見ないとわかりません。
表情は言葉以上に感情を制御しづらいものであり、透子にその点を突かれるシーンが垣間見られます。指摘されると「別にそんなことはない」とぶっきらぼうに反論するのですが、しばらくするとまた元の様相に戻っていたり。
ワンコやリリーの尻尾と同じで、自然と顔から感情が溢れ出てしまっているのに、照れくささから認められずにいる主人公。それは父親に対する感情も同じで、心の底では嫌いじゃないのに認められず嫌いと言い張っていました。結果、意思を伝えられなかったことを後悔するわけで。
そんな彼の対比となるのが、あらゆる手段で感情をぶつけてくるワンコです。嬉しいこと悲しいこと、好きなこと嫌なこと、楽しいこと怖いことを素直にぶつけることで、主人公からの信頼を勝ち取っていました。
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本作における陽の象徴ですね。
一方で主人公も、散歩を通してワンコやリリーの感情や意図を尻尾などから読み取り親密になっていましたし、恋慕の感情を隠そうともしなかったことで透子とも結ばれました。好きな人達を更に好きになって、自分にとってかけがえのない存在を作りました。
相手の思惑を一方的に決めつけず、寄り添ったからこその結果です。
しかし父親には最後まで真意を伝えられなかった結果、取り返しのつかないことになりました。その結果が日記を見た後に流す後悔の涙。
自分の想いを言葉にする、相手を知るという、当たり前だけど大切な行為の意味を説いた作品でした。
■救えないものに蓋をする残酷さ
トノイケさんは穏やかで優しすぎる世界観が印象的なライターさんですが、作品によっては同時に、自らの世界を守るため守れないものを平然と切り捨てる冷淡さも表現します。
本作でも現実的で冷淡な割り切りを、唯一の社会人である透子を通して容赦なく表現していました。
ペットを処分してしまう話。ペットショップのケージに押し込められた犬の話。不安定な状況でペットショップを経営していた主人公の父親の話。
自らの幸せを壊しかねない存在を非難し、自らの手に負えない周りの不幸には蓋をする冷静で残酷な描写を厭いません。
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周囲の幸せを守るために、この表情で世間の不幸に蓋をできる娘です。
トノイケさんの手掛けるノベルゲーで最も印象的なのが、優しい世界の幻想を書いた上で冷たい現実も並行して表現する点です。
世界の理ではなく、自らの都合で相手の存在有無を断じる『水月』や、『さくらむすび』のさくらバッドルートで見られる、紅葉を含む周囲の人間から突き放される描写などと同じように、透子は冷静に断じます。
かけがえのない存在と出会えた、運が良かった自分達を守るために幸運を逃がすまいと努力し、自ら幸運を棄てる者を非難し、自分が守るべき存在だけ守る。
幸せの続く優しい幻想を書くからこそ、中途半端な優しさへ逃げることなく表現する。かけがえが無いからこそ失うことを恐れ大事にする姿勢が、殊更本作では印象的に表現されていました。
■不要な情報をチラつかせながら語らない
透子は主人公から好意には感情を露わにしますし、リリーにも度の行き過ぎた愛情を向けます。けど(ワンコを含む)他のシーンでは相好を崩さない、というか感情が顔に張り付いているのですよね。
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目的のために感情を抑えられる社会人なんですよね。
これが表情差分の少なさからくる表現不足なのか、意図的に透子がそうしているのか断定できないのが悩ましい。透子は主人公と自分が幸せになるためなら手段を選んでいないようにも見えるんです。
散歩における問答では思考誘導しているように見えますし、父親の日記を見せるタイミングにも冷静な大人の判断がチラつくというか。
加えて本作にはボイスがありません。ボイス付き作品であれば声の抑揚などでも判断できそうですが、それすらないので本当に判断が難しいなと。
ただ、透子の真意が汲み取れなくても問題はないのですよね。彼女が主人公のことを一番に考えている点に疑いの余地はないわけですから。
物語を理解する上で興味は湧きますが、主人公がそれを理解する必要はないしプレイヤーもまた同じ。であれば知る必要はないとも思うのです。
主人公の両親が離婚した理由も同じですね。主人公にとって大事ではないため深掘りされません。読み手としては気になるけれど、作中の当事者たちには不要な情報だから明かされない謎が、トノイケさんの物語には多い気がします。
本作は主人公がワンコを通して透子と恋愛関係になり、最後まで父親を理解しようとせず死に別れて一生の後悔を背負い、二度と失敗するまいと透子やリリー、ワンコと幸せな日常を築く努力をしはじめるお話です。
その過程に必要な情報だけあれば良いし、読者が気になったとしても不要な情報は不要とすべきなのでしょう。
■「当たり前」を一足飛びにしないテキスト
相手の言葉だけではなく、挙措や癖からも意図を汲み取る。幸せになれなかった者達を救おうとせず、自分が大切にする存在の幸せを優先する。
こうしてみると、酷く当たり前のことばかりが書かれたお話です。幸せに巡り合えた幸運を神のお導きとする、なんてくだりも同様ですね。
その当たり前なことがどうして当たり前なのかを、丁寧に再確認しながら進む散歩道でした。エロゲのお約束という理由だけで登場人物を幸せにせず、みんなが知っている当然のこととして一足飛びにせず、道程で1つ1つ理由を丁寧に開いています。
当たり前のことを実行するのって全然簡単じゃなくて、難しいことなんですよね。けれど人間はみんなが当たり前だとするから勝手に簡単だと思い込んで、無意識に怠ってしまい取り返しがつかなくなってから後悔します。人生はその繰り返しな気がする。
そうならないように、言葉以外からも想いを読み取ろう。幸せを掴む切欠を得た幸運を大切にしよう。自分の周囲を大切にしよう。全てを実行するのは大変だけど、意識してやってみよう。
当たり前で難しいことを、優しい世界観でふんわりと再認識させてくれるお話です。大切な存在と散歩できる毎日を得るまでの、明日明後日とより幸せにするための道標を、優しい空間をもって示してくれました。
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当たり前の大切さと難しさを伝える物語でした。
■余談
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