自分のこと呪術士だと思ってる白魔道士 その12
!ネタバレ注意!
サスタシャ侵食洞を出て街に着くころには、あたりはすっかり暗くなっていた。ずっと暗い場所にいると時間の感覚が狂うと言うが、洞窟内で起こったことの濃密さのせいか、あっという間の出来事に感じていた。
調査の末に強敵と出くわし勝利はしたものの、ベハティとベンがやるべき事、気にかけるべき事はまだ山ほどある。結局のところ海賊とサハギン族との間にどのような繋がりがあったのか、具体的なことは何も分かっていない。
しかしサハギン族の縄張りのすぐ隣に「ヒレナシ」がアジトを構えて無事でいられたことから、少なくとも完全な敵対関係ではなく、彼らが互いに利用し合っていた可能性はある。道中そんな推察を交わし合いながら、二人はリムサ・ロミンサへと戻ってきた。
ともあれ、このことはなるべく早く冒険者ギルドに報告すべきだろう。でなければ、あの危険な場所に他の冒険者が足を踏み入れてしまうかもしれない。洞窟内のサハギン族を一掃できたわけではないのだ。彼らが「ヒレナシ」への敵愾心を一層強めていてもおかしくはない。
ブルワーク・ホールから上階へ上がる。冒険者ギルド「溺れた海豚亭」の聞きなれた喧噪が二人を包むと同時に、食欲をそそる肉料理の香りが漂ってきた。冒険者たちで満席になったテーブルの間をすり抜け、バデロンの立つカウンターへと向かう。そこで二人の目に飛び込んできたのはバデロンではなく、見慣れぬルガディンの大きな背中だった。
白銀の甲冑に身を包んだルガディンだ。バデロンに何事か尋ねているようだが、どうやらこれからサスタシャ浸食洞に向かおうとしているらしい。バデロンの困ったような声が聞こえてくる。
「今、ちょうど別の冒険者にその件を依頼していてな。帰りが遅いんで誰か捜索に行ってもらおうかと……あっ! お前ら帰ってきたか!」
こちらに視線を向けたバデロンが二人に気付き、顔をほころばせる。つられて甲冑のルガディンも振り返ると、ああ、と納得したような表情になった。
「もしかして、冒険者ギルドの依頼で、「サスタシャ浸食洞」の調査をしていたのか? ……その様子では、無事に解決したようだな」
「まあ、そうだな。ひとまず落着といったところだ」
「ははは、残念。先を越されてしまったか」
甲冑のルガディンの周りには仲間らしき冒険者もいる。身の丈ほどもある槍を携えたミコッテと、魔導師の服装に身を包んだララフェルだ。ベハティは冒険者達の様子を見て、サスタシャ浸食洞で見かけた冒険者パーティとは打って変わって、爽やかで気持ちのいいもの達だと思った。
互いに敬意を払っていて、それでいて普段から切磋琢磨しているのだろう。自分たちを見つめるベハティに気付いたルガディンは、ベハティに「なあ、君に目標はあるかい?」と尋ねてきた。
「目標……」
「そうだ。目標は心の支えとなる。そして君自身目を背けない限り、目指すべきものは、そこに在り続ける。それは冒険を続ける上で、きっと君の心の武器に、心の防具になるだろう。お互い、頑張ろうな!」
そう言うと、冒険者達は次の任務地を目指し、歩き去っていった。
冒険者たちの背中が見えなくなるまで、じっと背中を目で追っているベハティのことを、ベンは静かに見守っていた。目標。そういえば彼女に尋ねたことはなかった。彼女の目標とは何だろう。
ベハティがエオルゼアにいるのは、それが組織から与えられた任務だからだ。彼女がここ、エオルゼアで冒険者として行うすべての行為は任務達成のための行動でしかない。「組織の命令」以外に、彼女がここで達成したいこと。それはいったい何だろう。
バデロンへの報告を済ませた後も、ベハティは何か考え込んでいるようだった。「目標」について思うところがあったのだろうか。ベンは肩を回して一息つくと、冒険者たちの背中を見つめるベハティの肩にそっと触れ「飯にしようか」と笑いかけた。
「君のおかげで無事、任務が達成できたからね。『ビスマルク』で美味い海鮮でも食べないか」
「ビスマルク?」
「この街に初めて来た時に夜景を見た場所だ。行こう」
任務成功を祝い、二人はレストラン「ビスマルク」で夕食をとった。リムサ・ロミンサに初めて訪れたときから気になっていた場所だが、訪れる機会を逸し続けていたのだ。二人は肩を寄せ合ってメニューをのぞき込みながらあれやこれやと議論を交わし、人気メニューだというドードーのグリルと、ミコッテ風の串焼を注文した。
ベハティは注文した葡萄ジュースがグラスに注がれるのを前のめりになって見つめた。
「こういうとこのジュースって美味いんじゃよね〜!」
ベンに笑顔でそう話すベハティを見て、ジュースを注ぐウェイターも顔がほころんでいる。彼女を喜ばせようと気を利かせたウェイターがストローをグラスに差し込むと、ベハティの笑顔は一層輝いた。グラスを両手で掴んで引き寄せ、乾杯することも忘れて一気に飲み始める。
ベンの前には食前酒が注がれ、豊潤な葡萄の香りがあたりに漂った。夜の空には星が散らばり、海の上には街の灯と船の明かりが浮かんでいる。静かに寄せる波音とベハティの嬉しそうな笑い声が耳に心地よかった。
「森にいた頃とは違うことの一つ! 夜になると星空が地上にも出来ること〜!」
ベハティは空になったグラスを掲げて足を揺らした。テーブルに頬杖をついて、ぼーっと港を見下ろしている。
「ベンには目標ってあるの?」
彼女はふいに問いかけた。様子を見るに、質問自体にさして意味は無いのだろう。自問自答の独り言がうっかり漏れてしまったようにも聞こえた。
「それを聞かれたら困るなと思っていたところだ。私に目標は無いんだよ」
ベンは少しだけ首をかしげて、おどけたように苦笑した。ベハティは夜景から目を離し、ベンの方へと顔を向ける。
「目の前に飛び込んできたもののなかで、自分がやりたいと思うことを……してきただけだから。目標か、……わからない。難しいな」
彼の視線はふらふらとさまよい、どこを見ているのか判然としない。エオルゼアでベンと旅するようになってから気付いたことだが、彼は時たま、こんな風に言葉を濁すことがある。組織で共に仕事をしていた時には一度も見たことのない顔だった。
「無くても生きていくことは出来るよ。でもそれは獣みたいじゃね。獣は冒険しないから、目標なんていらないのかもね」
「ああ……そうかもな。確かに。目標を持つのは、未来に成し遂げたいことをもつのは人間くらいだと思う。私は……」
ベンはそこでまた言葉を濁らせた。悲嘆の色も落胆の影も見えない、ひどく無彩色な表情だった。声の調子だけは、困っているときのそれに似ているように思える。ベハティは口いっぱいに頬張った串焼きを思う存分味わってから、もう一度口を開いた。
「でも別に、目標を先に定める必要はないと思うんじゃよね。目標を見つけたり、知らない間に抱いた目標に気付くのもまた冒険じゃない? それで、何か見つけたら、そこにちゃんと向き合うことが大事なんじゃないかな」
ベハティはウェイターが注いでくれた二杯目の葡萄ジュースを味わいながら、自分の内にあるこんな後ろ向きな願望が、果たして心の支えになってくれるのだろうかと思案していた。死にかけて苦しい時、そんな願望が心の武器や防具になってくれるのだろうか?
「……目標に気付く、……そうだな。そうかもしれない」
ベンはベハティの「目標」について考え込んでいた。彼女は何故、組織の命令に従うのか。居場所が欲しいからだ。どんなに過酷な任務を課されても、彼女の居場所がそこにある限りは従うしかない。でなければ彼女はそもそも子供ですらいられない。
“危険な力を持った子供”というものはどう足掻いても“普通“の子供が享受すべきものを“普通“には得られないのである。お金がいくらあっても彼女の欲しいものは手に入らない。だから彼女はせいぜいジュースを求める程度なのだ。ところがベハティはこの望みに真っ向から向き合うことから無意識に逃げている。気付くことを拒んでいる。
(私も同じだ)
何故そう感じたのかはわからなかった。だから言葉にしなかった。彼にとっては不可解なことだが――「気付くことを拒んでいる」という点において、自分と彼女は同一だと感じた。結果的に「目標がわからない」という同じ事象の発生に帰結している点も、彼の脳裏に違和感としてひっかかっていた。
グラスに注がれた葡萄酒を一気に煽る。美味い。自分は生きているし、彼女は笑っている。いまのベンにとって最も重要なことはこの二点のみだった。
「君の言う通り、目標についてはもう少し考えてみるよ。私にも君にも、きっと何か見つかるさ。そのうちね」
「そうじゃね!あ、わしら乾杯してない」
ベハティが満ち足りて笑う声が、街の灯よりも穏やかに、凪いだ海よりも優しく心に染み渡るのを感じる。今夜はゆっくり眠れそうだった。
―――次回に続く。
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はい、こんばんは。ベンさんの背後霊(中の人)です。
恒例のあとがきです。伝わりやすいので「中の人」という呼称をたまに使っていますが、自分≠ベンさんなので厳密には「背後霊」がやっぱり一番近いんですよね。自分と彼の思考回路って結構異なっているので、彼の考え方にへぇ~となることもあれば、「あっそこはわかんないんだ?」となることもあったりして面白いです。ベハティの背後霊さんもそんな感じです。
さて今回の話も、実はベハティのほうがよくよくいろんなことを考えております。ベンさんばっかりが正解っぽいこと言ってるわけでもないことを今回描写できたので楽しかった。ベンさんって先生っぽいポジションにいるようでいて、実はベハティに教えてもらうことの方が多い気がしてます。
ベハティの「わからないこと」「なんとかすべきこと」は結構、ちゃんと明示されているというか本人も自覚していることが多いような印象を受けてます。ちょっと一点だけ、ここは直視したくない、ってポイントがあるみたいですが。
対してベンさんはといえば、実は抱えている問題のほとんどを自覚すらできていないんですね。これ言っちゃっていいのかわかんないけど、まあ趣味で書いてるので好きなことを話します。
ベハティの方が先んじている分野もあるということです。
というわけで今後も続きが楽しみです。というのも、ベハティの背後霊さんが展開を作ってくれているので自分もワクワクしながら読んでるんですよねこれね(読者か?)本当にありがてえ。感謝。