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不毛不変のオスティナート

幼稚園の頃からピアノを死ぬほど練習してきて、音大に入った今も死ぬほど練習している。

私自身は特に思うところもなく、むしろ面倒くさくてしんどいので辞めたいという思いが強かったのだが、どうやら母親がピアノに対して並々ならぬ思いを抱いているらしい。勉強も気が進まないし、私は誰よりも才能があってピアノが上手いのは事実なので、私の才能を活かす為にも未だに続けている。母親への孝行にもなり一石二鳥だ。

そんなある日、大学で素晴らしいピアノの演奏を聞いた。私は衝撃を受けて、音を辿ってその場所へ走り出す。構内の片隅に佇む古びたピアノでその演奏をしていたのは、大学で知り合ったバイオリン専攻の友人だった。おもわず物陰に隠れて演奏を聞く。
彼は1曲弾き終えると、何も無かったかのように立ち去っていった。
彼が去って、ぽつんと残されたおんぼろピアノを見ていると、先程の演奏が私の頭の中に甦る。私は初めて、私の才能が敗北する瞬間に出会った。逆立ちしても彼には勝てない。ただそう思った。

次の日から、私は何故か毎日彼のピアノが聞こえるようになった。どこにいても、なにをしていても、演奏が始まると聞こえてくる。その曲はいつも同じで、あの時に聞いた曲だった。
何度も何度も流れててくる音に、私は段々悩まされるようになる。やめてくれ、お願いだからピアノを弾かないでくれ。そもそもお前はバイオリン専攻じゃないか。どうしてピアノなんか! お前がピアノを弾かなければ、私はノイローゼにもならなかったのに!

ノイローゼが酷くなってきた頃、私はふと思いつく。構内片隅にある、古びたピアノを無くしてしまえばいい。そうすれば、ピアノを弾くことは出来ない。
私はその日のうちに巨大なハンマーを買い、それを片手にピアノをめちゃくちゃにして帰る。よし、これで安心、私の安眠は守られ、またいつもの日常が戻ってくるのだ。

そう思っていたのに、次の日、また演奏は始まった。
慌てて現場を確認しに行けば、そこには壊す前の姿とは寸分違わぬピアノの姿があった。意味がわからない。昨日ぶち壊した筈なのだが。
私の頭は残念ながら現実には追いついてこなかったが、ここにピアノがあるのは問題なので、とりあえずもう一度壊しにかかる。

次の日も、ピアノはそこにあった。
私はヤケになって、何があっても壊してやると、毎日燃やしたり解体したりと色々したが、どういうことか次の日にはきれいに復活してしまう。何度壊しても、次の日にはまるっとそのまま、何も無かったかのようにそのピアノは佇んでいた。
なんだかそのピアノが、あの時のアイツにそっくりに見えて腹が立った。

もうピアノを破壊するのが日課になった頃、また彼が演奏しているところに遭遇した。あの時以来である。彼の演奏はやはり嫌味なほど綺麗だった。
そのまま演奏している姿をじっと見ていると、指に何かがついているように見えた。
その鍵盤を弾く手の小指に、細い赤い糸が繋がっている。
私は、その赤い糸をただ眺めた。

彼は前と同じように、1曲演奏を終えると立ち去っていく。赤い糸も、演奏が終わると共に切れて地面に落ちる。
残されたピアノの下には、見えるか見えないかギリギリの、無数の赤い糸があった。

無性に、アイツの小指を噛みちぎりたくなった。



いいのか?アイツはバイオリンに浮気をしている最低野郎だ。あんな甲斐性なしより、私にしなよ。
そう思いながら、今日もハンマー片手に私はピアノを破壊する。

「待たせたな、今日は埋めてやるよ!」






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即興小説トレーニングでの作品を、加筆修正しています。元はこちら

お題「不屈のピアノ」 必須要素「彼奴の小指」
制限時間「15分」
http://sokkyo-shosetsu.com/novel.php?id=503421

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